工事開始までの手順

  1. まず、事前調査と体制作りから
     いつ頃大規模修繕を実施したらよいかを見積もるため、建物全体の診断をしてもらう必要があります。私たちの場合は、1994年に高層住宅管理業協会のマンション保全診断センターに診断をお願いしました。

     理事会で診断センターの事前調査報告書を検討し、三年後に工事を実施することを決定しました。次の定期総会に計画立案作業の開始と修繕委員会の設置を提案し承認され、大規模修繕の一連の作業がスタートしました。この総会では調査・改修設計とコンサルタント契約費用も予算計上しました。工事費用は修繕積立金の取り崩しで実施しますが、事前の調査と改修設計費用は一般管理費から拠出しました。(工事が始まってからの工事監理の契約は、工事費用と同時に積立金から拠出)

     ここまでは理事会が主導で行いました。新築時に長期計画が作成されている場合は別ですが、そうでない場合は築後7〜8年目の理事会が提案する必要があります。また後述しますが、工事費用の積立金が足りない恐れもありますので、築後2〜3年目に理事会が軌道に乗ったところで長期計画を作成し、修繕積立金の見直しなども行うべきです。最近は建設省の指導等で新築時に長期計画も作成されている場合がありますが、やはり2〜3年目に理事会が内容の見直しをしておくべきでしょう。私たちの場合は、新築時の長期計画は無かったのですが、4年目の理事会が修繕積立金の見直しをしていたので、工事費用の一時負担金徴収の必要もなく大変助かりました。

  2. コンサルタント決定まで
     とりあえず管理組合の理事の半数が委員会メンバーを兼任し、委員会スタート後に公募と口コミで人数を増やしていきました。全期間を通じて常時8割10名程度の参加者があり、且つ活発に討議されました。

     修繕委員会の最初の大仕事は、改修の設計をお願いするコンサルタントの選出です。素人集団で大仕事を進めるので、専門家の手助けが不可欠になります。建物調査と改修設計と修繕工事の監理の三つの仕事を担当してもらいますが、もう一つ重要な点は中立の立場で誠実な対応ができるコンサルタントを捜しました。通常は日常管理を依頼している管理会社が第一候補に挙がるようですが、私たちのマンションの管理会社の過去の仕事ぶりや対応を見ていると今回の大きな仕事を任すには頼りない点で委員の合意はすぐに得られました。その結果、なるべく広く探し自分たちの納得のいくコンサルタントを選ぶことにしました。広報で修繕委員や居住者の方、管理会社などから推薦してもらいました。その結果、ビル管理専門会社、建築設計事務所、デベロッパーなど7〜8社の候補が挙がりました。
     その中から数社に来てもらい、会社の方針、大規模修繕に対する哲学、修繕の実績などを委員会に説明していただきました。同時に見積もり書も提出してもらい、それらの結果に基づき比較対照表を作成し、二社に絞りました。最終投票までにはかなりの議論がありました。残った二社は工事監理としては大手の一社と、業界のなかでは異色の(どちらかというと煙たがれている)設計事務所です。実績と安心感から大手を推す委員も多くいました。他方、会社としては小さいが大規模修繕工事の従来の考え方ではなく、新しい考え方で積極的に取り組もうという姿勢に好感を持つ委員も多くいました。そして修繕実績のマンション数カ所を調査して、最終的には委員全員の投票の結果、過半数を得た後者の設計事務所に決定しました。

     見積金額は調査、設計、工事監理全体で、1000〜2000万円と幅がありました。最終的には金額の比較的高かったところに決めましたが、その理由は金額より取り組みの姿勢、建物の維持に対する考え方に委員が納得できたからです。また費用は工事自体の方がはるかに大きく、コンサルタント経費を少なくしても工事の質が下がっては何にもならないという理解が、委員の間にありました。またデベロッパー系の事務所に依頼すると工事施工業者との関係が強くなり、我々の不利になる可能性もあるので独立した設計事務所の方が良いとの意見もありました。もちろん比較対照表を含めて選出の全過程は、修繕委員会名で全居住者に広報しました。
    契約書に関しては、建設省の告示第1206号や、建設省・建築設計工事監理業務報酬調査委員会の資料などが参考になります。

     理事会で委員会の設置を決めてから、委員の募集を経てコンサルタントの決定までおよそ一年間を要しました。やや時間がかかりすぎた感がありますが、結果的には委員会メンバーの相互理解と勉強期間でした。損傷箇所について委員会が居住者にアンケートで調査を依頼し、委員自身も外壁その他を実地目視調査をしたことは、居住者の修繕への意識を高めまた委員の問題把握に役立ちました。専門家もいないので、何をすべきかの議論が多く出て、遅々として進まない時期がありました。しかし今考えると、この時期はコンサルタントを早く選出/決定することを最優先にするべきと思います。その後の作業項目、課題はコンサルタントが出してくれますから。

  3. 詳細調査と方針の決定
     次にコンサルタントによる建物の物理的調査と、居住者への詳細アンケート調査を実施しました。建物の物理的調査は、外観の目視観察からはじめ、外壁の塗膜剥離強度測定、コンクリートの内部抜き取り検査などが行われました。一方アンケートで、外部からは分からない欠陥(水漏れ、ひび割れなど)を中心に記載してもらいました。このアンケートは、10ページに及ぶ項目の多さでしたが、回収率が90%もあり居住者の関心の高さが推察されました。

     両方の調査の結果、建物の劣化程度がほぼ把握でき、改修設計の重点をひび割れの補修と防水工事の強化と給水関係の改善の三点に置くことに決定しました。なお、長期計画修繕に伴う調査費用については、江東区の助成(最高額70万円)があることを知りましたので、管理組合として必要資料添付のうえ事前申請をしました。調査完了報告後給付を受けました。

       塗膜剥離強度テスト         水漏れ箇所       

  4. 概略設計と長期計画の作成
     詳細調査の結果で改修設計の方針を決定し概略費用の見積もりを行いました。同時に共同管理箇所を明確にして長期の修繕計画も作成し、長期的に見た場合、今回どの程度の工事をしておけばよいかを明らかにしました。ここで分かったのは、今回の工事費用が約5億円であること、12年先の次回の大規模修繕では、更に二倍近い費用がかかることでした。つまりこの時点での修繕積立金は、今回の工事でほとんど使い果たし、次回までに今までの2倍のスピードで積み立てねばならない事が明確になったのです。長期計画の内容は、いつ頃どの様な工事を行い、どのくらいの費用がかかるかを示す工事計画と、その為の積立計画の二点です。
     長期計画も含めた全体像が明確になった時点で、理事会に報告・承認してもらい定期総会に合わせ全居住者に広報しました。前年の定期総会で、コンサルタントの決定と設計までの承認を得ていたので、総会では実施状況の報告だけをしました。工事業者の決定と工事の開始と修繕積立金の取り崩しについての承認は、詳細設計を終えた半年後の臨時総会で行いました。(下記の7)

  5. 詳細設計
     引き続きコンサルタントは詳細設計に入り、旧塗膜の剥がし方や仕上げなどの具体的な検討を行いました。この期間の委員会の役目は、コンサルタントの作る工事仕様書の内容を理解し、居住者の代表として意見・要求を出し、検討過程を居住者に広報する事です。アンケート調査でも検討過程を明らかにして欲しいとの要望が強かったので、補修方法を分かり易く図示するなど情報のスピーディーな公開には気を使いました。(月一回の広報誌発行) また、壁の塗装色については、委員会で選んだ2色を管理員居室の壁に塗り分けて示し、広報誌で全居住者のアンケート回答を求めました。結果は多数決で新築時の色になりました。

     詳細設計段階での問題点は、工事用車両の駐車場確保、現場事務所設置場所の決定などの敷地利用方法と工事範囲(共同管理と各戸管理の区分)です。駐車場や現場事務所は一部の居住者に迷惑をかけるので、決定までに時間がかかりました。また工事範囲についても共有と専有の境界についてひとつひとつ具体例で検討し、決定していきました。給水管や電気配線の管理責任範囲を明確にし、玄関扉や郵便受けは表と裏を分けて考えたりしました。さらに、工事を行う上で必要な作業(足場を組むための私用植木類や構築物の撤去、防水工事の際のベランダ人工芝撤去やエアコン室外機の移動など)の費用負担の問題もあり、これに関しては費用が各戸バラバラなので各戸負担としました。この件で居住者から基本的な考え方にクレームはありませんでしたが、規約に抵触してベランダにタイルを敷き詰めていたり、専用庭に板張りのフロアーを作っていた方もあり、撤去費用がかさむ場合は実施段階で個別に説得しました。

  6. 施工業者の決定
     約4カ月をかけて工事仕様書を作成し、施工業者の公募に進みました。公募は業界の専門誌「月間リフォーム誌」に公募広告を掲載しました。応募してきた業者は31社で、そのうちから19社を選び現地説明会を開き、コンサルタントから工事仕様書の説明を行いました。三週間後に見積書を提出してもらい、それと各種資料をもとにコンサルタント同席の委員会、理事会にて施工業者を選定しました。総会での決定までに以下の過程を踏みました。
     現地説明会への業者を絞り込む際の判断基準は、資本金の大きさ、工事実績などとし、業種(ゼネコン、ビル管理、塗装など)は広く採りました。見積もり提出後の施工業者の絞り込み基準は、上記に加えて工事見積もり金額と会社四季報やダイヤモンド誌および興信所のデータ、直近2カ月の株価、金融機関の保証または保険の有無なども用いました。また見積もり期間中に現場の下見に何人、何回来たのかのデータも参考にしました。なかには一度も現場を見ずに見積もりを提出してきた業者もあるので、管理事務所で業者訪問リストを作成しておく方が良いと思います。

     工事業者の選定過程はできる限り公にして居住者が疑問を持たないようにしました。もちろん入札後ですが、公募方法、入札業者リスト、見積金額、折衝後の確定金額をすべて広報誌で明らかにしました。全居住者の財産でもある修繕積立金の使用過程はガラス張りであるべきです。そうすることにより、工事の実施に関して居住者の協力も得られます。

  7. 工事計画の承認
     工事の実施は、管理組合の総会で決定し住民の総意としなければなりません。総会で承認を得るに際し、修繕積立金の取り崩しと、理事会で決定した工事内容、工事業者での実施について、事前に住民説明会を二回実施しました。コンサルタントにも参加してもらい工事内容を外壁仕上げの実物サンプル等を交え説明しました。今までの総会その他の会合でもなかった居住者の約2割にあたる90所帯を越える多くの参加者がありました。

     これに先立ち、工事予定金額の詳細(戸あたり費用の概略)を公表するか否かについては委員会、理事会の中にも賛否両論がありました。工事業者の入札前なので予定金額がもれると談合等の恐れもあり避けるべきであるとの意見と、総会で決議する前に情報はなるべく明らかにすべきであるとの意見がありました。議論の結果、修繕積立金増額の提案もする予定だったので公表する事にしました。入札業者をなるべく異業種を含むようにしてあるので、談合の危険性は少ないとの読みもありました。実際は予定金額より約2割低い落札金額だったので総会でもスムーズに承認され、公表は結果的によかったと思います。

     臨時総会では、組合員の約7割の議決権行使があり、反対は1%でした。さらに12年後の大規模修繕工事の準備として修繕積立金の値上げも同時に提案し、承認されました。その時の説明内容は別項に記してあります。
     総会当日は50名ほどの参加者がありましたが、事前に説明会と広報誌で十分な説明をしたので、基本的に工事の実施や修繕積立金の値上げに反対意見も出されずにスムーズに終了しました。総会後に各戸の負担になるオプション工事の費用についての質問があり、住民の関心はもっと実際的な事柄にあることが分かりました。

     その後、施工業者による工事説明会を開き、より詳細な説明を行ないました。防水工事の妨げになるベランダの人工芝を剥がしたり、足場を組む際に邪魔になる庭の植木の移動などの各戸費用負担のオプション工事の説明も行いました。その時は二日間で計四回の説明会を開催しましたが、全戸の約50%にあたる世帯の参加がありました。総会前の居住者説明会に比べると参加者も一段と増え、関心が高まってきたのが分かります。質問も具体的になってきて、ベランダにタイルが張ってある家庭など個別の問題点も分かってきました。

     同時に工事監理の業務委託契約と工事請負契約の契約書の検討と契約締結を行いました。工事請負契約書は7つの社団法人で提案している民間連合協定の工事請負契約約款をベースにしました。(民間連合は以下の7社団法人です。日本建築学会、日本建築協会、日本建築家協会、全国建設業協会、建築業協会、日本建築士会連合会、日本建築士事務所協会連合会)