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海外ミステリ&冒険小説 感想録

 ミステリ、探偵小説、推理小説、冒険小説、スパイ小説というものをあまりまとめて読んだことがなかった。ルパンは子どものころに楽しく読んだし、ホームズは大人になってからおもしろく読んだものだが。家にはたくさんミステリ・冒険小説の本はあって、エド・マクベインの<87分署>シリーズ、フォレスターの<ホーンブロワー>シリーズなどは読んでいた。社会人になってからふとあるとき思い立っていろいろ読んでみた。1989年から1990年にかけてのことである。いろいろな種類のものがあるので当たりはずれもあったが、気に入ったものはシリーズ全部読んだりもした。起こる事件は血まみれの殺人事件でも、物語としては探偵役も含めドライなものが好きかな。いろいろまとめておこうとして1991年頃に書き始めて中絶していたものを、改めてまとめてみることにした。当時の自分の作品の取り上げ方や評価に驚くこともしばしば。
 筆者が読んだ作家・作品について、感想を交えて簡単に紹介するが、児童文学の方と異なり大体年代順に並べたいと思う。「裏」ページは設けないので、ネタバレもあり、未読の方はご注意を。誤りなどあれば御教示いただければ幸いである。

2010年8月20日制作開始 鈴木朝子

凡  例

1.収録内容
 ミステリまたは冒険小説を執筆した海外の作家名を見出しにして、原則一作家一作品、筆者が読んだ作品について、感想を中心にして簡単に紹介した。その他の作品については適宜。児童文学については「児童文学の部屋」を参照されたい(一部人物の重複あり)。
2.配列
 掲載作品の原出版年順。原出版年が同じものは作家の生没年、自分の読んだ年代等によるものもある。
3.見出し人名と生没年・国籍
 見出し人名は日本で一般的によく用いられる形で示した。
 姓,名の形にしてまずカタカナ表記で示し、次に原綴を出した。姓・名に分けられないものはそのままの形で記載した。図書によってカタカナ表記が異なるものがある場合は後ろに( )で補記したものもある。
 生没年は、西暦で見出し人名の後ろに( )に入れて示した。
 国籍は、生没年の後ろに示した。 複数の国籍がある人についてはその旨を適宜記載。
4.作品
 書名、巻次、出版年、出版社または叢書名、訳者、原書名、原出版年を記載し、読んだ年と自分の中での評価(A、B、C、D、の四段階)を入れてみた。早川書房の新書判のハヤカワ・ポケット・ミステリは、「世界探偵小説全集」「世界ミステリシリーズ」「ハヤカワ・ミステリ」など刊行時期によって呼称が違うが、ここでは「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」で統一した。
 一つの作品で複数の翻訳・版がある場合は、原則として筆者が読んだ版を示した。
 はミステリ、は冒険小説・スパイ小説。
5.感想・紹介文
 本文中の単行本や短編集などの書名は『 』で、短編の作品名や雑誌名などは「 」で、シリーズ名は< >で示した。作品名は日本で翻訳のあるものはその翻訳名(数多くの翻訳名があるものは適宜適当と思われるもの)を用いた。
6.主要参考文献

1899年まで

ポー(ポオ),エドガー・アラン Poe, Edgar Alan (1809~1849*米)
『ポー名作集』(1973)中公文庫 丸谷才一訳 : '87/C
   「モルグ街の殺人」The Murders in the Rue Morgue(1841)
   「盗まれた手紙」The Purloined Letter(1845)
   「マリー・ロジェの謎」The Mystery of Marie Roget(1842)
   「お前が犯人だ」“Thou Art the Man”(1841)
   「黄金虫」The Gold Bug(1843)
   「スフィンクス」The Sphinx(1849)
   「黒猫」The Black Cat(1843)
   「アシャー館の崩壊」The Fall of the House of Usher(1839)
 「世界初の名探偵」と言われるオーギュスト・デュパンの登場する「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」「マリー・ロジェの謎」のほか、代表作「黄金虫」「黒猫」「アシャー館の崩壊」も収録されているお得な短編集。
 教養名作として読んだ。ポーは探偵・推理小説の祖でも怪奇・幻想小説の祖でもあるので、どちらで出そうかと思ったがこちらの方で。史上初の推理小説とされる「モルグ街の殺人」は、さすがに古めかしく、このころの推理小説によくあるように、怪奇・幻想色が濃い。もっとも、殺人事件なんて、実際に考えてみればもともと気味の悪いものなのだが。まあ今となっては古いが、この分野の教養・古典として読んでみるのも良いだろう。探偵と語り手役の相棒、密室殺人、安楽椅子探偵、暗号解読など、その後のミステリの原型を作ったと言われ、本格ミステリの生みの親、「ミステリの父」とされる。
 翻訳は『ポオ小説全集』(全4冊、創元推理文庫、1974)をはじめ、各種出ている。人名表記は「ポー」「ポオ」「ポウ」とあり。詩人としても有名だが、それにしてもこの人、短命だったのね。
(2010.7.25記)
コリンズ,ウィリアム・ウィルキー Collins, William Wilkie (1824~1889*英)
『月長石』(上下1962,1970)創元推理文庫 中村能三訳 : '89/B
   The Moonstone(1868)
 今ではあまり読まれないであろう、古典の一つ。かなり分厚く、二分冊で出ていたものがのちに合本された。章ごとに語り手が変わるタイプの話。事件も起き、刑事さんも出てくるが、推理小説という感じはあまりしない。普通小説と思って、ゆったりとした気分で状景描写を楽しんだり、怪しげな雰囲気を味わうお話である。もはや古いし、ものすごくおもしろい!というほどの話ではないが、庭師と刑事さんがバラの栽培について議論をしたりといった、細部が楽しい。特に最初の語り手になっている執事さんの『ロビンソン・クルーソー』狂がおかしい。古典であることと宝石が題材ということで読んでみたものだが、タイトルの「月長石(ムーンストーン)」は作中に出てくる大きな黄色のダイヤモンドのことで、固有名詞。白い半透明の鉱物としての「月長石(ムーンストーン)」のことではない。ときに、ダイヤモンドというと無色透明なものと思うが、まれにある赤・緑・青も珍重される。が、黄色や茶色はよくあるので価値が低く、工業用とかになってしまうのだそうだ。しかもこの「月長石」は内部に傷があって、傷ありの石は宝石学上これも価値は低いことになる。でもきれいな黄色でとても大きな石ということになっているので、専門的にどうであれ、やっぱり目を引くものなのだろう。
 他の作品に『白衣の女』などがあり、一時期はディケンズと並び称されていたとか。
(2010.7.26記)
ドイル,アーサー・コナン Doyle, Arthur Conan (1859~1930*英)
『シャーロック・ホームズの冒険』(1953)新潮文庫 延原謙訳 : '87/B
   The Adventures of Sherlock Holmes(1892)
 <シャーロック・ホームズ>シリーズの第一短編集。これが最初だと思っていたら、長編『緋色の研究』『四つの署名』の方が先だったのか。
 これもまあ、教養である。仕事がきっかけで読んでみて、わりとおもしろかったので、結局シリーズのほかの巻も全部読んでしまった。短編集があと4冊、長編が4冊あり、子ども向けを含め、各社から翻訳が出ている。新潮文庫版の訳は定評があるようだが、ページ数の都合で、各短編集から2~3編削って別にもう1冊短編集を作ったりしているので、通読には創元推理文庫版や全集版などの他の版の方が良いかもしれない。
 子ども向けといえば、私は子どもの頃、ルパン(の翻案)ものはずいぶん読んだが、ホームズものはほとんど読まなかった。最後の方でホームズが推理を得々と語るのはいいとしても、途中で見つける手がかりを読者に示さないことがあったりして(何か見つけるがそれが何か書かれていないなど)、どうもズルをされているような気がしたからだ。全部きちんと手がかりを示してくれても、きっとわからなかっただろうけど、それでもね。大人になってから読んでみて、あまりそういうところは気にならず、結構おもしろく読めた。とはいえ今読むとやはり古さもかなり目につくし(馬車や電報、それに犯人のと思しき手の痕があっても指紋をとらない、など)、古いもの特有の怪奇っぽいところも随分あると感じた。それでも、ホームズの魅力は減じていないようで、現在も熱烈なシャーロッキアンが世界各地にたくさんいるらしい。改めて言うまでもないのだろうが、ホームズ自身はやはりかなりの“変人”で、鼻持ちならないところもあるのだが、そこがかえって魅力なのかもしれない。お兄さんのマイクロフトさんもおもしろい。そういえばこの人だけがホームズを名前で呼ぶ。イギリス紳士はアメリカ人のようにすぐファーストネームで呼びあったりはしないのだ。しかし「ワトソン」と名字で呼んでいるからといって、ホームズがワトソンのことをよそよそしく思っているわけではない(ことがわかる話もある)。「ホームズとワトソン」は「名探偵とその相棒」の代名詞ともなっているが、ポーやヴァン・ダインの作品と違って、語り手役の「相棒」は名前もあり確かな存在感がある。
 どの話が特に好き、というのはないが、『シャーロック・ホームズの冒険』の最初の話「ボヘミアの醜聞」の書き出しが、女性とは縁遠いホームズの話の中で、ちょっと印象に残っている。あと子どものころ児童雑誌掲載かなにかで「まだらのひも」を読んだが、日本訳だとタイトルが半分ネタバレになっているなあと思った記憶が。
 パロディやパスティーシュ作品も数多い。映像化作品も多数あるが、近年では現代ものとして大胆にリメイクされた作品もある。

<シャーロック・ホームズ>シリーズ
 『緋色の研究』A Study in Scarlet(1887)長編 : '87/B
 『四つの署名/四人の署名』The Sign of Four(1890)長編 : '87/B
 『バスカヴィル家の犬』The Hound of Baskervilles(1902)長編 : '87/B
 『恐怖の谷』The Valley of Fear(1915)長編 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの思い出/回想のシャーロック・ホームズ』The Memoirs of Sherlock Holmes(1894)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの帰還/生還/復活』The Return of Sherlock Holmes(1905)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』The His Last Bow(1917)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの事件簿』The Case-Book of Sherlock Holmes(1927)短編集 : '87/B

(2010.7.31記)

1900年代

オルツィ(オークシイ),バロネス・エムスカ Orczy, Baroness Emmuska (1865~1947*英)
『紅はこべ』(1970)創元推理文庫 西村孝次訳 : '82以前/B
   The Scarlet Pimpernel(1905)
 フランス革命で命の危機にあるフランス貴族たちを亡命させる、イギリスの秘密結社「紅はこべ」。そのボスを捕まえようとするフランス側との息詰まる冒険活劇!といったところか。ヒロインが頑張る話…だったと思う。見え見えだったのに、誰がそのボスなのか、しばらく気がつかなかったといううかつな思い出が。影響を受けたというディケンズの『二都物語』を先に読み出したのだが、かったるくなって挫折。こちらを読んでみたらずっとおもしろかった。好評だったので続編もたくさんあるらしいが、日本ではほとんど出ていないようだ。
 「バロネス・オルツィ」と言い習わされるが、「オルツィ女男爵」というような意味で「バロネス」は名前ではない。ハンガリーの男爵家の一人娘として生まれ、各地を転々とした後イギリスに落ち着く。「オークシイ」は英語読み。安楽椅子探偵の先駆けと言われる<隅の老人>の連作、探偵役に世界初(?)の女性警察官レディ・モリーを登場させた短編連作などのミステリ作品もある。
(2010.8.24記)
ルブラン,モーリス Leblanc, Maurice (1864~1941*仏)
『怪盗紳士ルパン』(1981)偕成社(アルセーヌ=ルパン全集1) 竹西英夫訳 : '89/C
   Arsène Lupin Gentleman-Cambrioleur(1907)
 子どもの頃に、ポプラ社の「ルブラン原作 南洋一郎訳」の<怪盗ルパン全集>をかなり読んだ記憶がある。よく見ると「ルブラン原作」がついていなくて、ただ「南洋一郎」となっていたものもあったっけ。原作のあるものも全訳ではなかったのだろうが、当時はどれもおもしろく読んだものだ。南洋一郎の語り口の妙?
 改めて読んでみようと思って、児童書だが完訳のもので読み直してみた。大人になって読み返してまず感じたのは、文体が仰々しいこと。(本当は逆なんだろうけど、)江戸川乱歩ばりの「ああ、何ということでしょう」調の文章がうるさいのだ。何もそんなに大げさに書かなくても…と思って白けてしまう。それと読んだことのあるものは、最初は忘れていても途中でトリックを思い出してしまうので、意外性がないこと。まあこれは作品の出来が悪いせいとかではないけれど、トリックが凝っている作品で先が見えるのはかなりつまらないものだ。先がわかっていても楽しめる作品もあるのだが。
 あとホームズを使わない方が良かったのに、ということ。いくつかの作品に、ライバル役としてホームズが登場するのだが、ルパンの話だから、当然最後はルパンの方が勝つし、中にはホームズがかなりの醜態を演じるところもある。ホームズ・ファンでなくても、“本当のホームズ”なら決してこんな簡単にはやられない、と思ってしまう。ドイルがクレームをつけたとかで、原書では“Herlock Sholmes = エルロック・ショルメス”になっているが…。他人のキャラクターなんか使わなくても、ルパンというのは十分一人(?)でやっていけるキャラクターだと思うので、なんとなくもったいなかった気がする。
 短編集『怪盗紳士ルパン』のほかに、子どもの頃読んでいなかったと思われる長編『奇巌城』も読んでみたけど、やはりあまりおもしろく感じなかった。私にとって、ホームズは大人の読み物だったが、ルパンは子どもの読み物だったようだ。まあそれはそれで悪くなかったと言えるが。

<その他の作品>
 『奇巌城』(1965)創元推理文庫 石川湧訳 : '90/C
   L'aiguille-Creuse(1912)
 <怪盗ルパン全集> 全30巻 ポプラ社 南洋一郎訳 1958~1980
 <アルセーヌ=ルパン全集> 全25巻+別巻5巻 偕成社 1981~1988
 他多数

(2010.8.24記)
ルルー,ガストン Leroux, Gaston (1868~1927*仏)
『黄色い部屋の秘密』(1959)新潮文庫 堀口大学訳 : '82/C
   Le Mystère de la Chamble Jaune(1907)
 ミステリのテーマの一つ「密室もの」の古典。続編である『黒衣婦人の香り』と合わせて読むべきだったのだろうが、こちらの方しか読んでいない。いわゆる密室犯罪を扱う話だが、再読(だったはず)したときはどうなるかすっかり忘れていて、興味深く読んだ覚えがある(またどんな話だったかすっかり忘れてしまったが)。何故か印象は今ひとつだが、決してつまらない話ではなかったと思う。今気づいたがこの新潮文庫版の訳者は詩人の堀口大学だった。ちょっとびっくり。
 ルルーにはほかに『オペラ座の怪人』という話があり、これは一見幻想・怪奇風だが、実際はすべて合理的に説明がつけられる、というもので、一人の憐れな男を巡る物語である(なんて要約してはいけないかな)。この作者の作品ではこれが一般にはいちばん有名で、何度も映画化・舞台化されている。
 いずれも今読むと、やはり古さが目につく。『黄色い部屋の秘密』の主人公、ジョゼフ・ルルタビーユが10代という若さで“記者”というのも、今から見るとちょっと奇異な感じもする。

<その他の作品>
 『黒衣夫人の香り』(1976)創元推理文庫 石川湧訳
   Le Parfum de la Dame en Noir(1908)
 『オペラ座の怪人』(1987)創元推理文庫 三輪秀彦訳 : '89/C
   Le Fantôme de L'Opéra(1910)

(2010.8.26記)

1910年代

スーヴェストル,ピエール Souvestre, Pierre (1874~1914*仏)
アラン,マルセル Allain, Marcel (1885~1969*仏)
『ファントマ』(1976)ハヤカワ文庫NV 佐々木善郎訳 : '82以前/C
   Fantômas(1910,1961)
 一応「怪盗」の話で追いかける刑事(や記者)も出てくるが、狂言回しっぽく、狭義のミステリの中には入らない、サスペンス・スリラーというようなものである。怪しげな人物が出没する“通俗読み物”といった感じで、読んでいるときはおもしろいかもしれないが、それだけもしれない。変な話として印象に残っているが、もはや一昔前のものであると思う。
 スーヴェストルとアランの合作で計32作、スーヴェストルの死後はアランが単独で1963年まで11作を書き継いだ。3作目までは翻訳もある。人気が高く、続編分も含め何度も映画化されているほか、テレビ・ラジオのドラマ化、漫画化作品もある。
(2010.9.11記)
チェスタトン,ギルバート・キース Chesterton, Gilbert Keith (1874~1936*英)
『ブラウン神父の童心』(1982)創元推理文庫 中村保男訳 : '89/B
   The Innocence of Father Brown(1911)
 教養と思い、古めかしいだろうとなかば諦めて読み出した。ところがこれがなかなかおもしろい。一見人がいいだけに見えるブラウン神父が、毎回実は頭の鋭いところを見せる連作短編集。全く関連性がわからない遺留品を前に皆が頭を抱えていても、次々といくつもの推理を展開してみせたりする。自身は犯人の逮捕より、犯人の魂の救済に関心があるのだけれど。少し古い話にありがちな、ストーリーとは直接関係ない状景描写のようなものもあるけれど、それにもあまり退屈しない。
 しかし期待して読んだ第2集『ブラウン神父の知恵』はあまりおもしろく感じなかった。多大な期待をかけず、ゆっくりとブラウン神父につき合いながら読むものなのだろう。根強い人気のある作品のようだ。
 チェスタトンは評論家・詩人としても知られ多くの著作があるが、美術学校で学んだこともあって自作や友人の本に挿絵を描いたりもしている。

<ブラウン神父>シリーズ 創元推理文庫 中村保男訳
 『ブラウン神父の知恵』(1982) The Wisdom of Father Brown(1914) : '90/C
 『ブラウン神父の不信』(1982) The Incredulity of Father Brown (1926)
 『ブラウン神父の秘密』(1982) The Secret of Father Brown (1927)
 『ブラウン神父の醜聞』(1982) The Scandal of Father Brown (1935)

(2010.10.18記)

1920年代

フィルポッツ,イーデン Phillpotts, Eden (1862~1960*英)
『赤毛のレドメイン家』(1970)創元推理文庫 宇野利泰訳 : '89/D
   The Red Redmaynes(1922)
 これも推理小説の古典の一つ。しかしおもしろかった記憶がない。探偵役もどうも馬鹿みたいだし…。これしか読んでいないので、この人についてはもう1作くらい読んでみるべきなのだろうが、代表作であるこの作品があまりおもしろくなかったので、これ以上読む気が起きない。古典的名作・傑作の内に数えられているが、私の口には合わなかった。探偵役がきちんと謎解きをしていく、ストレートな推理小説ではないせいか。
 フィルポッツは日本では本国以上に人気があったらしい。近所に住んでいたデビュー前のクリスティに助言したこともあったとか。作品は『闇からの声』ほか多数あり、哲学者っぽいドラゴンが出てくる教養小説風なファンタジー『ラベンダー・ドラゴン』なんていう作品もある。表紙がきれいだったなあ。

<その他の作品>
 『ラベンダー・ドラゴン』(1979)ハヤカワ文庫FT 安田均訳 : '84/D
   The Lavender Dragon(1923)

(2010.11.1記)
ミルン,A.A. Milne, Alan Alexander (1882~1956*英)
『赤い館の秘密』(1962)角川文庫 古賀照一訳 : '81以前/C
   The Red House Mystery(1922)
 『クマのプーさん』で有名なミルンの唯一の推理小説。古典の一つに数えられている名作。人気もあったようで、日本でも複数の翻訳があり、現在でも手に入る版がある。密室ものだったと思うが、実はかなり前に読んだので、内容はほとんど忘れてしまっている。『プーさん』の作者だからといって子ども向けとかメルヘン的なものではないが、ユーモアタッチながら推理小説として普通に楽しめる作品だったと思う。この作品の主人公アントニー・ギリンガムは横溝正史の金田一耕助のモデルだとか。
 『プーさん』も子どもの頃はディズニー・アニメ絵本でしか読んでいなかったので、ちゃんと読んでみた。それなりにおもしろいが、やはり子どものうちに読むべきだったような。他に多くの戯曲やユーモア小説などの著作がある。

<その他の作品>
 『クマのプーさん プー横丁にたった家』(1962)岩波書店 石井桃子訳 : '99/B
   Winnie-the-Pooh(1926) / The House at Pooh Corner(1928)
 『ユーラリア国騒動記』(1980)ハヤカワ文庫FT 相沢次子訳 : '90/C
   Once on a Time(1917)

→作家やその他の作品については「私的 児童文学作家事典〔海外編〕」「ミルン,A.A.」も参照のこと。

(2010.11.3記)
クリスティ,アガサ Christie, Agatha (1890~1976*英)
『チムニーズ館の秘密』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 高橋豊訳 : '90/B
   The Secret of Chimneys(1925)
 ミステリ界の女王、のみならず、男女の別の関係ない巨匠の一人。自分で書いていて何だが、一人一作品でこの作品があがっていてびっくり(ラインナップはずいぶん前に決めてあった)。忘れていたのだが、私はクリスティがあまり好きではなかったらしい(自分が以前書いていた文章を読んでちょっと驚いた)。全体として、クリスティでは本格ものより、ユーモアを含んだ元気な冒険ものが好きなようだ、ということがわかった。クリスティ自身女性なのだが、女性蔑視的表現もところどころ目についたりもする。時代もあるのだろうが。
 クリスティで最初に読んだ長編は『そして誰もいなくなった』。分厚くてこれ1作で1冊ではない本で読んだ記憶があるので、多分早川の世界ミステリ全集だろう。それなりにおもしろく読めたのだが、ラストでうーん、詐欺だ!と思ったものだ。クリスティは真相を壜に入れて流す、というのがやりたかっただけじゃないの?というのは勘ぐり過ぎか。あ、それともちろんマザーグースを使うのとね。
 シリーズ・キャラクターはいろいろあるが、その中の最大手、エルキュール・ポアロがあまり好きではなかった。妙にもったいぶっているところが嫌らしい感じがして。だがときどき目にするテレビシリーズでは、そのもったいぶっているところがおかしくて、実は結構好きだったりする。ポアロものの小説では『ABC殺人事件』と問題作『アクロイド殺し』しか読んでいない。後者は読者にとってフェアかアンフェアかで大論争を巻き起こしたものだが、『そして誰も~』と違ってそれほどだまされた感はしなかったような。
 ミス・マープルもあの“連想”とやらがまだるっこしくて…。それがミス・マープルのやり方とわかっていても。マープルものは最初の『牧師館の殺人』と『予告殺人』『鏡は横にひび割れて』の3作のみ。『鏡は横に~』を読んだのはタイトルのネタがテニスンのアーサー王ものの詩だったため。
 映像作品は数多あり、原作を読んでいなくても観たことのあるものもあるが、共通するオリキャラの女の子が両方に出てくることでつなぐ「名探偵ポワロとマープル」というアニメもあった(ポアロとマープルは共演はしない)。
 シリーズではほかに、トミーとタペンスのおしどり探偵ものがあるが、冒険ものと言ってもいい『秘密組織』は生き生きとしていておもしろかった。『チムニーズ館の秘密』もバトル警視というシリーズ・キャラクターがいるが、確たる主人公というより群像劇だったような。これも冒険もの的な話で、クリスティ作品では初めて純粋におもしろいと思った。私がクリスティを見直した作品なので、あえて『アクロイド~』でも『そして誰も~』でもなく、これをあげた。この2シリーズの他作品は未読。
 法廷ものの名作劇として名高い「検察側の証人」を含む短編集も1冊読んだが、推理小説でない幻想・怪奇系の作品も結構あるのだなあと思った。その他、別名義で発表されたロマンス小説や自伝、戯曲などもある。

<その他の作品>…多数・各種あるが、自分の読んだもの・読んだ版のみをあげた。
 「そして誰もいなくなった」清水俊二訳 (『世界ミステリ全集 1』(1979)早川書房) : '82以前/C
   Ten Little Niggers(1939)
 『アクロイド殺し』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 松本恵子訳 : '89/C
   The Murder of Roger Ackroid(1926)
 『ABC殺人事件』(1962)角川文庫 能島武文訳 : '89/C
   The A.B.C. Murders(1935)
 『ミス・マープル最初の事件―牧師館の殺人』(1976)創元推理文庫 厚木淳訳: '89/C
   The Murder at the Vicarge(1930)
 『予告殺人』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 田中隆一訳 : '89/C
   A Murder Is Announced(1950)
 『鏡は横にひび割れて』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 橋本福夫訳 : '91/C
   The Mirror Crack'd from Side to Side (1962)
 『秘密組織』(1979)創元推理文庫 一ノ瀬直二訳 : '90/B
   The Secret Adversary (1922)
 『クリスチィ短編全集 1』(1979)創元推理文庫 厚木淳訳 : '89/D
   The Hound of Death and other stories(1933)
 他多数

(2010.11.3記)
モーム,ウィリアム・サマセット Maugham, William Somerset (1874~1965*英)
『秘密諜報部員』(1959)創元推理文庫 龍口直太郎訳 : '91/C
   Ashenden(1928)
 「文豪」モームのスパイ小説。この小説はモームの実体験に基づいているそうで、作家の男がスパイ活動をしている話である。最近もモームがイギリスの秘密情報部(一般にはMI6として知られている)に所属していたことが新聞記事になっていた。実際のスパイとはこんなものだ、というような地味な話で、いくつかのエピソードをつなげたオムニバスという形をとっている。きっとモームとしては異色な話なのだろう。古さは確かにあるが、まあ可もなく不可もなく、という程度には読める。主人公の名前である原題ママの『アシェンデン』という訳題もある。
 文学者としてのモームについては『月と六ペンス』も『人間の絆』も、代表作はもちろん、とにかくほとんど読んでいないので何も言えない。『世界文学100選』という全集の編集や『世界の十大小説』という評論の著作もある。
(2010.11.3記)
ヴァン・ダイン,S.S. Van Dine, S. S. (1888~1939*米)
『僧正殺人事件』(1959)創元推理文庫 井上勇訳 : '89/D
   The Bishop Murder Case(1929)
 古典の一つであるが、古い! 確かに書かれたのは新しくはないが、スタウトのネロ・ウルフものとほぼ同時期、しかも同じニューヨークを舞台にしているとはちょっと信じ難い。19世紀末のイギリスの話だというのなら納得できるのだが…。民間人が警察の捜査に協力する、という形もポアロとかを思わせるし(待てよ、アメリカのクイーンもそうだっけ)。主人公は「ファイロ・ヴァンス」という探偵で、『僧正殺人事件』は全部で12作あるシリーズの4作目。最高傑作の一つに数えられているが、古めかしさが鼻について退屈で、私には合わなかった。クリスティの『そして誰もいなくなった』と同様に、この作品もマザーグースをモチーフにしている。
 ところで他の作品を読んでいないのでよくわからないのだが、“ヴァン・ダイン”という人はワトソンのような役できちんと確立されているのだろうか? というのは、『僧正~』では「わたしたち」、つまりファイロ・ヴァンスと「わたし」が常に一緒に行動しているようなのに、「わたし」は一切発言しないのだ。周囲の人も「わたし」に話しかけない。そもそも事件の現場などに、この時点で既に探偵として有名になっているファイロ・ヴァンスはともかく、無関係な人物が来たりしたら見とがめられるのが普通だろう。ファイロ・ヴァンスの相棒として認知されているのなら、逆に意見くらい聞かれてもおかしくない。物語の冒頭で、ファイロ・ヴァンスが「ねえ、ヴァン、」と「わたし」に話しかける場面があるにはある。だがここもよく読むと「わたし」の返事は地の文の中におさまっていて、生きた会話としては出て来ない。「わたし」“ヴァン・ダイン”はファイロ・ヴァンスの頭の中の人物に過ぎないのだろうか? 他の作品、特に第1作を読めば容易にわかるのかもしれないが。
 いわゆる「本格派」の立場を表したという「推理小説の二十則」を提唱した。
(2010.11.6記)

1930年代

クロフツ,フリーマン・ウィルズ Crofts, Freeman Wills (1879~1958*英)
『マギル卿最後の旅』(1974)創元推理文庫 橋本福夫訳 : '90/B
   Sir Magill's Last Journey(1930)
 クロフツというとまず『樽』をあげるべきなのだろうが、私としてはフレンチ警部ものの中の一冊である『マギル卿最後の旅』を推したい。クロフツが得意とするアリバイ崩しの傑作と言われる。今いろいろ探していたら、地味な単調な聞き込みの連続で退屈だったなんていう感想もあった。自分的には割とおもしろかった印がついていたのだが、飛行機の話だったよな、とか思っていて『クロイドン発12時30分』と混同していた。
 クロフツの作品は概して地味で、フレンチ警部ものの第1作である『フレンチ警部最大の事件』を初めに読んだときはあまりおもしろくなかった。だがいくつか読んでいくうちに、次第にその地道さが味わえるようになってきた気がする。初心者にはあまり向かないが、通好みの渋み、といったところか。状景描写なども楽しめるようになったらしめたもの?である。「足の探偵」と呼ばれるフレンチ警部(のち警視)は凡人型の探偵と言われるが、短編では一目で犯人の言い分を見抜いたりして、なかなか鋭いところも見せる。
 倒叙ものの傑作と言われる『クロイドン発~』をはじめ、犯人のわかっている話も多いが、犯人は意外な人物ではなく、しかるべき動機のある人物(遺産が入るとか、怨みがあるとか)というのが結構あるのも現実的である。
 割とトリックに凝っている『樽』は別にすると、とにかくこつこつと地味なので、多大な期待を持って臨むことはお勧めしない。

<その他の作品>
 『樽』(1957)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 村上啓夫訳 : '89/C
   The Cask(1920)
 『フレンチ警部最大の事件』(1959)創元推理文庫 田中西二郎訳 : '90/C
   Inspector French's Greatest Case(1925)
 『クロイドン発12時30分』(1959)創元推理文庫 大久保康雄訳 : '90/B
   The 12:30 from Croydon(1934)
 『クロフツ短編集 1』(1965)創元推理文庫 向後英一訳 : '89/C
   Many a Slip(1955)

(2010.11.6記)
ハメット,ダシール Hammett, Dashiell (1894~1961*米)
『マルタの鷹』(1961)創元推理文庫 村上啓夫訳 : '89/C
   The Maltese Falcon(1930)
 「ハードボイルド御三家」の一人、しかもそのうちで最も早く出て、ハードボイルドの始祖とされるハメットの代表作。私立探偵サム・スペイドの登場する唯一の長編だそうである。あんまりおもしろくなかったなどと言うとファンの人には怒られそうだが、主人公のスペイドが今ひとつ気に入らなくて…。冷たい、というか、性格が好きになれなかった。ラストは思わずおやおやという終わり方をする。すっきり解決したという爽快感がないというか…。
 ハメットは実際自ら私立探偵もやったことがあり、その体験をもとに処女長編『血の収穫』を書いた(これ以前から短編は書いていた)。こちらは「推理小説」というより「犯罪小説」で、かなり血なまぐさい話のはずなのだが、今読むとそれほどでもないな、と思えてしまう。今はもっと殺伐とした話があるからなのか。長編は5作と少なく、最後の長編刊行から20年以上経ってから亡くなった。後半生は劇作家リリアン・ヘルマンの事実上のパートナーだった。

<その他の作品>
 『血の収穫』(1961)創元推理文庫 田中西二郎訳 : '90/C
   Red Harvest(1929)

(2010.11.8記)
シムノン(シメノン),ジョルジュ Simenon, Georges (1903~1989*ベルギー)
『男の首 黄色い犬』(1959)創元推理文庫 宮崎嶺雄訳 : '90/D
   Le Tete d'un Homme(1931)
   Le Chien Jaune(1931)
 何だか全然面白くなかった。初めに『メグレ罠を張る』を読んで、メグレ警部(のち警視)が延々としゃべるシーンや、全体の重苦しさに少々うんざりした。一作で投げてはいけないと思い、そのあと初期の代表作とされる『男の首』、併録の『黄色い犬』も読んだのだが…。私には陰気に感じられ、メグレの魅力も、このシリーズのおもしろさもわからなかった。フランス・ミステリは私には合わないものが多いなあ。
 シムノンはベルギー人だが、フランスで活動し、フランス語で作品を書いた。大変な多作家でメグレ・シリーズもたくさんある。短めの長編はここにあげたもののように合本になっているものもあるが、近年では河出書房新社から単行本が多数刊行されている。

<その他の作品>
 『メグレ罠を張る』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 峯岸久訳 : '89/D
   Maigret Tend un Piège(1955)

(2011.4.30記)
クイーン,エラリー Queen, Ellery
(リー,マンフレッド Lee, Manfred B. (1905~1971*米))
(ダネイ,フレデリック Dannay, Frederic (1905~1982*米))
『シャム双生児の秘密』(1960)新潮文庫 宮西豊逸訳 : '82以前/B
   The Siamese Twin Mystery(1933)
 すでに広く知られている通り、従兄弟どうしの二人の合同ペンネーム。のみならず、登場する探偵も同名。別名義バーナビー・ロスで発表したドルリー・レーンが主人公のシリーズの『Yの悲劇』の方が“傑作”としての地位が高いが(確かにこれもおもしろかったが)、“エラリー・クイーン”が出てくるこちらをあげることにする。
 <国名シリーズ>では『エジプト十字架の謎』の方が上とされているようだが、『シャム~』の方を先に読んだので。いや、話もおもしろかったけど。タイトルから結合双生児が出てくるのはわかってしまうけど、それが一番のキモではなかったような。「密室もの」の一種で、脱出できない状況が緊張感を盛り上げる。この<国名シリーズ>、実態は「国」とはあまり関係なくて、タイトルはほとんどアイ・キャッチでしかないのだが、シリーズ感を出すためにはうまいと思う。
 ドルリー・レーンの方は『Xの悲劇』も読んだが、『Yの悲劇』の方がずっとおもしろかったと記憶している。内容はどちらもほとんど覚えていないんだけど。父親が警官で、気ままに事件に首を突っ込む作家(私立探偵の許可証とか持ってたっけ?)であるエラリー・クイーンに対し、こちらは引退した耳の不自由な俳優、という特殊なキャラクターでまた違った味を出している。
 エラリー・クイーンの方は<国名シリーズ>以外にもずっと出ているのだが、中期以降はかなり感じが違い、『災厄の町』などは『エジプト~』にあったような現実離れした大仕掛けはなく(クイーンだから怖くはないけど、実際に想像するとかなりグロテスク)、ずいぶんリアリスティックになっている。
 全体として、私にとってはクリスティよりとっつきやすく、おもしろく読める作家である。

<その他の作品>
 『Xの悲劇』(1960)創元推理文庫 鮎川信夫訳 : '82以前/B
   The Tragedy of X(1932)
 『Yの悲劇』(1959)創元推理文庫 鮎川信夫訳 : '82以前/B
   The Tragedy of Y(1933)
 『エジプト十字架の謎』(1959)創元推理文庫 井上勇訳 : '89/B
   The Egyptian Cross Mystery(1932)
 『災厄の町』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 青田勝訳 : '90/C
   Calamity Town(1942)

(2011.5.1記)
スタウト,レックス Stout, Rex (1886~1975*米)
『毒蛇』(1978)ハヤカワ・ミステリ文庫 佐倉潤吾訳 : '90/B
   Fer-De-Lance(1934)
 蘭愛好家で美食家の肥満探偵ネロ・ウルフのシリーズものの第1作。以下1975年まで34作を数えるが邦訳単行本が出ているのはその半分弱(訳はあるが雑誌掲載のみのものもある)。近年でもハヤカワ・ポケット・ミステリや光文社文庫からポツポツ出たりしているが、以前ポケミスで出たきりで文庫に落ちていないものや未訳のものも結構ある。
 物語は一人称で語られるが、語り手は主人公ネロ・ウルフではなく、彼の助手で私立探偵のアーチー・グッドウィン。ボスに文句を言ったり時に怒ったりもするけれど、ほとんど動かないボスの手足となって働く。何しろ椅子から立ち上がろうとするのを見て驚かれてしまうくらいで、ネロ・ウルフは家からめったに出ない、文字通りの“安楽椅子探偵”なのだ。
 ユーモアに満ちたアーチーの語り口で、もはや半世紀以上も前に書かれた話なのに、ほとんど古めかしさを感じなかった。初めて読んだのは中期の第17作である『黄金の蜘蛛』だったが、これもおもしろかった。全作そろって読めないのが残念である。

<その他の作品>
 『黄金の蜘蛛』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋豊訳 : '89/B
   The Golden Spiders(1953)

(2011.5.5記)
ケイン,ジェームス・M. Cain, James Mallahan (1892~1977*米)
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1963)新潮文庫 田中西二郎訳 : '90/D
   The Postman Always Rings Twice(1934)
 推理小説というより犯罪小説という分類に入る話である。映画にもなっているし、他社からもいくつもの版が出されている。タイトルのおもしろさと、エロティックな感じのする内容に引かれて読む人が多いのだと思う。話はどちらかというと乾いた現実的なもので、犯罪の虚しさといったものを感じさせる。よくできている話だとは思うけれど、私のあまり好むところではない。
(2011.5.6記)
ガードナー,アール・スタンリー Gardner, Erle Stanley (1889~1970*米)
『奇妙な花嫁』(1962)創元推理文庫 小西宏訳 : '89/B
   The Case of Curious Bride(1935)
 弁護士ペリー・メイスンものの一つ。E.S.ガードナーはものすごく多作家で(口述録音したとか)、メイスンものだけで80冊以上、A.A.フェア名義のものも入れれば長編で100冊以上を残した。自身もバリバリの弁護士だったそうである。それだけたくさん作品があるが、どれもみな大変おもしろいらしい。私は2作しか読んでいないが、確かに両方とも読みやすく、おもしろかった。全部同じパターンなんじゃないか、と言ったりしてはいけない。
 弁舌巧みな法廷シーンが見せ場だが、このシリーズのミソは、ペリー・メイスンが私立探偵ばりに現場に忍び込んで自ら小細工をしたりするところである。無罪と確信している被告に有利になるように、相手方の証言が間違っているようにズルをして見せかけるのだ。もちろん最終的には他の証拠も出るのだが、無罪に持っていくためには途中で事実を曲げてもいい、とするのは…どんなものなんだろうか。一歩間違えば証拠隠滅・捏造や偽証を図る悪徳弁護士だぞ(いや間違えなくても証拠捏造か?)。でもそのちょっとした“ズル”を使って相手方をやりこめ自分の主張を通してしまうところが、このシリーズのおもしろさなのだけど。正義の弁護士、これでいいのか~。

<その他の作品>
 『義眼殺人事件』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 砧一郎訳 : '90/B
   The Case of the Counterfeit Eye(1935)

(2011.5.7記)
ケストナー,エーリヒ Kästner, Erich (1899~1974*独)
『消え失せた密画』(1970)創元推理文庫 小松太郎訳 : '89/C
   Die verschwundene Miniatur(1935)
 児童文学の作家として知られているケストナーの、児童向きではない作品の一つ。ナチ政権下で書かれたもので、無国籍(・無時代)的なユーモア小説。表立って政治批判的なことは出てこないが、それでもところどころに鋭い風刺が感じられる。細密画(ミニアチュール)が出てくる美術ミステリとして読んだが、細密画自体は単なる小道具で、“美術ミステリ”と言える程の話ではない。
 だが、どうせケストナーを読むなら、できれば子どものうちに『エーミールと探偵たち』や『飛ぶ教室』などを読んだ方がいい。私はケストナーはきちんと出会い損なった作家で、子どもの頃はあまり読んでいなかった。大人になってから読んだ前半生の自伝『わたしが子どもだったころ 』が大変おもしろく、ぐっと見直したのだが、もっと前にたくさん読んでおけば良かったと思った。

<その他の作品>
 『エーミールと探偵たち』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/A
   Emil und die Detektive(1929)
 『エーミールと三人のふたご』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/B
   Emil und die drei Zwillinge(1934)
 『点子ちゃんとアントン』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '85/B
   Pünktchen und Anton(1931)
 『五月三十五日』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '82/B
   Der 35. Mai(1932)
 『飛ぶ教室』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '83/A
   Das fliegende Klassenzimmer(1933)
 『ふたりのロッテ』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/A
   Das doppelte Lottchen(1949)
 『わたしが子どもだったころ』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '87/A
   Als ich ein kleiner Junge war(1957)
 『子どもと子どもの本のために』(1977)岩波書店 高橋健二訳 : '87/A
   Für Kinder und Kinderbücher(1969)

→作家やその他の作品については「私的 児童文学作家事典〔海外編〕」「ケストナー,エーリヒ」も参照のこと。

(2011.5.8記)
カー,ジョン・ディクスン Carr, John Dickson (1906~1977*米)
『三つの棺』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 三田村裕訳 : '90/C
   The Three Coffins(1935)
 カーは非常に好き嫌いの激しい作家であると思う。あのわざとらしさ、アクの強さ、怪奇趣味を気に入るか嫌になるかだろう。作品自体も、大じかけを施そうとして、大失敗作になっているものもあるそうだ。カーは20世紀のアメリカの生まれだが、イギリスに憧れ、長くイギリスに住んだということである。
 上記はギデオン・フェル博士のシリーズの中の名作とされるもの。カーお得意の“不可能犯罪”的な“密室もの”である。他に『皇帝のかぎ煙草入れ』、カーター・ディクスン名義の『ユダの窓』も読んだが、いずれも私にはちょっと…。
 フェル博士やヘンリ・メリヴェール卿(『ユダの窓』他)といったシリーズ・キャラクターのもったいぶった大仰なところをはじめとして、カーの作品の雰囲気は好きになれない。わざわざあんな複雑なトリックをしかけて殺人をしようとする人なんているだろうか…などと言ってはいけないんだろうな、きっと。ところで「ユダの窓」って言われて西洋の人は何のことかすぐわかるのだろか?
 『皇帝のかぎ煙草入れ』はノン・シリーズものだが、いくつもの訳があり、クリスティも絶賛したとかいう作品。私はそのトリックより、出てくる男性が何人も、確たる理由もなく(と思える)、主人公の女性に惹かれてしまうところが不可解だった。
 『火刑法廷』『ビロードの悪魔』といった怪奇がらみのミステリもこの人の領分だが、私は未読。
 余談だが、早川書房の<世界ミステリ全集>にカーの巻がないのはどうしてなのだろうか。当然入ってしかるべき人だと思うのだが。当時版権が取れなかった、なんてことはないだろうし…。

<その他の作品>
 『ユダの窓』(1975)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 砧一郎訳 : '90/C
   The Judas Window(1938)
 『皇帝のかぎ煙草入れ』(1961)創元推理文庫 井上一夫訳 : '89/C
   The Emperor's Snuff-Box(1942)

(2011.7.1記)
セイヤーズ,ドロシイ・リイ Sayers, Dorothy Leigh (1893~1957*英)
『忙しい蜜月旅行』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 深井淳訳 : '90/B
   Busman's Honeymoon(1937)
 古書収集が趣味の貴族探偵、ピーター・ウィムジー卿のシリーズの長編最終作。このシリーズは以前は半分ほどしか訳されておらず、それらも手に入らないものがほとんどだったが、最近は「クリスティと並ぶ」などと再評価され、訳もほぼ出そろって文庫で手軽に読めるようになった。
 私はおもしろいと思ったのだが、かなり好き嫌いの激しい作家のようで、古めの作品にありがちなゆっくりした情景描写をまだるっこしく思ったり、衒学的なところが鼻につくと思ったりした人も多かったのかもしれない。それらを楽しめるようなら好きになれるのだが。ユーモアもあって、特に執事のバンターさんが楽しい。
 シリーズ中最高傑作と言われている『ナイン・テイラーズ』も読んだが、期待したせいか、訳がなじみにくかったせいか、今ひとつだった。先を急がずゆったりとした気分で読むものなのだろう。しかしこの話に出てくる“鳴鐘法”には…。イギリスだねえ、鐘の鳴らし方にあんなに凝るなんて…。
 セイヤーズはミステリは金儲けのために書いたと明言し、晩年はミステリ執筆から離れたが、うまい作家には違いないし、本人も結構楽しんで書いていたんじゃないかと思う。

<その他の作品>
 『ナイン・テイラーズ』(1958)東京創元社(世界推理小説全集 36) 平井呈一訳 : '91/C
   The Judas Window(1938)

(2012.3.25記)
フォレスター,セシル・スコット Forester, Cecil Scott (1899~1966*英)
『パナマの死闘』(1974)ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 : '82以前/A
   The Happy Return(1937)
 ナポレオン戦争時代のイギリス海軍の軍人ホレーショ・ホーンブロワーの活躍を描く海洋冒険小説シリーズの最初の作品。物語中の時系列では5番目だが、続く『燃える戦列艦』『勇者の帰還』の最初に書かれた3作でシリーズの中核をなす(日本版の刊行は時系列順)。このシリーズは帆船小説・海洋冒険小説の草分け的作品で、しばしば「<ホーンブロワー>に迫る」「<ホーンブロワー>を越えた」などと引き合いに出され、まず一番に抑えておくべき基本作となっている。この手の歴史ものが好きな向きには大変おもしろいので、ランキングした当時の自分がつけた原則を曲げて評価「A」に変更。
 ホーンブロワーは船乗りなのに出航直後はいつも船酔いに悩まされたり、航海中に水浴びしたりする変わり者だが、海軍軍人としては優秀。平民出身で有力貴族の引きもないが、偉い提督などに理解者もできる。戦争は一般的には好ましくないものだけれども、戦時でないとその腕前が発揮できないホーンブロワーのために早く戦争起これーとかつい思ってしまう。戦争がない時期には賭けトランプで糊口をしのいだりしている。実在の戦争時代が舞台なので、有名な海戦に出さないようにしながら戦功をあげさせるのに苦労したとか。著名なネルソンとは遺体をイギリスに運び、その葬儀の水上パレードを指揮する、という形で関わる。本人の経歴の初期の時代を後から書いたので、戦功をあげても最初に書いた時代以上にどんどん昇進させられなかったとも。確かルックスはそんなにいい方じゃなくて、最初の結婚もなんとなくしてしまう感じだが、二人目の奥さんは陸軍の実在の英雄ウェリントン公爵の妹という設定で逆玉(でもその結婚では子どもはできなくて前妻の遺児を彼女が育ててくれる)。シリーズキャラクターとしては長く副長を務めてくれるブッシュという人が良い人なんだけど、とある戦いで「帰ってこなかった」という形であっさり退場してしまうのがちょっと悲しい。フォレスターはそういうところがドライだな。海戦のストーリーとは直接関係ないところだけど、『砲艦ホットスパー』に出てくる料理人ダウティさんがらみのエピソードは楽しくて好き。
 あたかも実在の人物であるかのように書かれたC.N.パーキンソンによる“伝記”、『ホレーショ・ホーンブロワーの生涯とその時代』(至誠堂 出宏訳 1974)というものや、訳者高橋泰邦によるスピンオフ作品『南溟の砲煙』(光人社 1983)『南溟に吼える』(光人社 1986)というものもある。
 グレゴリー・ペック主演で「艦長ホレーショ」として映画化されたほか、近年ではヨアン・グリフィズ主演でテレビシリーズが制作された。

<海の男/ホーンブロワー・シリーズ> ハヤカワ文庫NV : '82以前/A
 『海軍士官候補生』(1973) 高橋泰邦訳 Mr. Midshipman Hornblower(1950)
 『スペイン要塞を撃滅せよ』(1973) 高橋泰邦訳 Lieutenant Hornblower(1952)
 『砲艦ホットスパー』(1974) 菊池光訳 Hornblower and the Hotspur(1962)
 『トルコ沖の砲煙』(1974) 高橋泰邦訳 Hornblower and the Atropos(1953)
 『燃える戦列艦』(1975) 菊池光訳 Ship of the Line(1938)
 『勇者の帰還』(1975) 高橋泰邦訳 Flying Colours(1938)
 『決戦!バルト海』(1976) 高橋泰邦訳 The Comodore(1945)
 『セーヌ湾の反乱』(1977) 高橋泰邦訳 Lord Hornblower(1946)
 『海軍提督ホーンブロワー』(1978) 高橋泰邦訳 Admiral Hornblower in the West Indies(1958)
 『ホーンブロワーの誕生』(1978) 高橋泰邦,菊池光訳 The Hornblower Companion(1964)
   「マックール未亡人の秘密」Hornblower and the Widow McCool
   「最後の遭遇戦」The Last Encounter
   「ホーンブロワーの誕生」Personal Commentary on the Writing of the Hornblower Saga…随筆
 『ナポレオンの密書』(1984)光人社 高橋泰邦訳 : '06/B
   Hornblower During the Crisis(1967)
 ※ハヤカワ文庫のシリーズ別巻として出た『ホーンブロワーの誕生』は、のち光人社の『ナポレオンの密書』
  と併せて改めて別巻『ナポレオンの密書』(2007)として出直した。

(2019.7.12記)
ペイジ,マルコ Page, Marco (1909~1968*米)
『古書殺人事件』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 中桐雅夫訳 : '89/C
   Fast Company(1938)
 題名につられて読んだ本。ミステリとしてはまあまあの出来といったところ。アメリカの当時の古書業界のことが少しおもしろい、という話。原書の刊行は割と古いのだが、古書店に大金庫があるところなど、読んだ時点でも内容的にはあまり古さは感じられなかった。いずれにしても、いい古書ミステリ――古書や古書店がうまく使われ、何よりもミステリとしておもしろい作品――というのは、なかなかないものである。
 本名のハリー・カーニッツ名義で映画・演劇の脚本も書いていて、アガサ・クリスティの「検察側の証人」の映画化作品「情婦」の脚本などを手がけている(1958年公開の映画なので、この訳書の刊行時点では日本ではあまり知られていなくて、1955年現在もまだ活躍しているようだ等とあとがきにある)。
(2016.9.4記)
デュ・モーリア,ダフネ du Maurier, Daphne (1907~1989*英)
「レベッカ」大久保康雄訳 (『世界文学全集 別巻4』(1960)河出書房新社) : '89/C
   Rebecca(1938)
 富豪の後妻になった女性が前妻レベッカの影に悩まされる物語。厳密にいえばミステリでも冒険小説でもないかもしれないが、レベッカの死の真相や主人公が精神的に追い詰められる様が「心理サスペンス」といったところか。大和和紀の漫画「影のイゾルデ」がこの作品に似ているなーと思っていたら同じことを感じた人もいるようだ。この漫画はどちらかというとホラー系だが、「レベッカ」はそうではなかったと思う。
 ヒッチコックによって映画化されたが、製作のセルズニックがいろいろと関与したとか。
(2019.7.13記)
チャータリス,レスリー Charteris, Leslie (1907~1993*米)
『奇跡のお茶事件』(1959)新潮文庫 黒沼健訳 : '94/C
   Follow the Saint(1938)
 「奇跡のお茶事件」「ホグスボサム事件」の2編を収録。表題作はどこかの子ども向けの作品集か雑誌に掲載されていたかで見覚えがあるような気がしたのだけれど、読み返してみてもあまり思い出さなかった。タイトルからすると今でもよくあるインチキ商法の話っぽいが、あらすじを探してみるともっときなくさい話のようだ(読み返したのに内容をまた忘れてしまったな)。タイトルをどこかで見て気になったのかも。“聖者(セント) ”と呼ばれる怪盗サイモン・テンプラーが主人公のシリーズの1作で、シリーズはのち別の作家によって書き継がれ、映画やロジャー・ムーア主演のテレビシリーズなどにもなったらしい。
(2019.7.13記)

1940年代

チャンドラー,レイモンド Chandler, Raymond (1888~1959*米)
『さらば愛しき女よ』(1956)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 清水俊二訳 : '89/C
   Farewell, My Lovely(1940)
 私立探偵フィリップ・マーロウものの一つ。『長いお別れ』の方が有名だし、処女長編『大いなる眠り』も古本屋が出てくるというので読んだが、とりあえず一番最初に読んだ『さらば~』をあげておく。格好いい私立探偵が颯爽と活躍するのかと思っていたら、主人公フィリップ・マーロウが結構地味な感じがして、少々意外だった。
 チャンドラーは「ハードボイルド御三家」のうちではダントツに人気があるそうで、好きな人にはその渋さもいいのかもしれない。キャラクターやストーリーはそれほど好きにならなかったが、ただ思わず覚えておきたいようなしゃれた言い回しがいろいろあって、その意味では格好いいのは認める。「さよならを言うのはわずかの間死ぬことだ」とか、「五十ドルの淫売のようにエレガントだぜ」とか。さる映画のコピー「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない」もこの作者の作品から。『さらば~』のタイトルだってね、すごく気を引くタイトルだと思う。翻訳の妙かもしれないが、ファンにはこの文体がたまらないのかも。キザだ、クサい、と感じる人もいるだろうけど。近年では村上春樹の新訳も出ている。

<その他の作品>
 『大いなる眠り』(1959)創元推理文庫 双葉十三郎訳 : '90/C
   The Big Sleep(1939)
 『長いお別れ』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 清水俊二訳 : '90/C
   The Long Good Bye(1954)

(2019.7.10記)
デイリイ,エリザベス Daly, Elizabeth (1878~1967*米)
『二巻の殺人』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 青野育次訳 : '94/C
   Murder in Volume 2(1941)
 稀覯本が絡む謎で“古書ミステリ”として期待して読んだがそれほどでもなかったような。目録の解説を読むとオカルトっぽいことが書いてあるが多分そういうものではなかった思う(よく覚えていない…)。
 アマチュア探偵ヘンリー・ガーマジのシリーズの一作だが邦訳はこれのみ…と思っていたら近年になって3冊ほど別々の出版社から翻訳が出ていた。割と人気があった人のようだが、最近何か再評価されるようなことがあったのかな?
(2019.7.12記)
ライス,クレイグ Rice, Craig (1908~1957*米)
『スイートホーム殺人事件』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 長谷川修二訳 : '90/A
   Home Sweet Homicide(1944)
 子どもたちが主人公の話ではあるが、ジュブナイルではない一般向け推理小説。ロマンスの味つけもあるし、ユーモアあふれた楽しい作品。自分の家庭をモデルにしたかなと思わせる、推理小説家の母のために隣家で起きた殺人事件を解決しようとする3人の子どもたちが活躍する物語。ライスにはマローン弁護士のシリーズもあるが、これはノン・シリーズの単発作品。
 そのマローン弁護士と、ヘレンとジェーク・ジャスタスのカップルの三人組というシリーズがあるが、複数の出版社から順番はばらばらだがシリーズ最終作の12作目を除いて翻訳刊行され読めるようになった。酒好きで暗いマローンと、破天荒なヘレンと、振り回されるジェークというトリオの掛け合いがおかしかったりするのだが、1作目『マローン売り出す』はストーリーとしてはさほどおもしろいとは思わなかった。ヘレンとジェークの結婚前後を描く3作目『大はずれ殺人事件』と4作目『大あたり殺人事件』もまずまず…。
 しかし『スイートホーム~』はなんとミステリ部門初の「A」評価をつけたほどで(我ながらちょっと驚きではあるが)、一人の作家を一つの作品で判断してはいけないんだなあという典型であった。
 男性名のペンネームだがライスは女性作家で本名はジョージアナ・アン・ランドルフ。早死でその生涯もあまり恵まれたものではなかったようだし、日本ではそれほど人気もないみたいだが、おもしろい作品を書くうまい作家なのになあと残念に思う。

<その他の作品>
 『マローン売り出す』(1987)光文社文庫 小鷹信光訳 : '89/C
   8 Faces at 3(1939)
 『大はずれ殺人事件』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 小泉喜美子訳 : '94/C
   The Wrong Murder(1940)
 『大あたり殺人事件』(1956)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 長谷川修二訳 : '94/C
   The Right Murder(1941)

(2019.7.11記)
マガー,パット McGerr, Patrici (1917~1985*米)
『被害者を探せ』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 衣更着信訳 : '90/C
   Pick Your Victim(1946)
 殺人にいたる過程から、犯人ではなく被害者が誰かを探すという異色の「変格」ミステリ。マガーは他に探偵や目撃者を探す話も書いている。設定は変わっているが、ミステリとしてはそれほどではない、と評価されている話のようだが、それなりに楽しめる。この作品に出てくる「家政振興会」という組織がなかなかにしたたかで興味深い。こういう組織あるよなあ…とミステリとは関係ないところでニヤリとさせられたりする。
(2019.7.23記)
イネス,ハモンド Innes, Hammon (1913~1998*英)
『孤独なスキーヤー』(1973)ハヤカワ文庫NV 池央耿訳 : '89/D
   The Lonely Skier(1947)
 スキー・アクションを描く山岳冒険小説。冒険小説は結構好き嫌いは分かれる方なのだが、残念ながらこの作品は“嫌い”の方。冒険小説の第一人者の代表的傑作に数えられているようなのだが、何となく印象が散漫で、どこがいいのかよくわからなかった。もう1作くらい読むべきだと思ったが、“好き”な方でもハラハラして疲れる冒険小説は、あまり次々と読みたいとは思わないので、まして“嫌い”の方は…。
 ところでイギリスには、本格ものと同時に、広義のミステリとしては正反対の極にある冒険小説にはこの作家をはじめとして人材が多い。おもしろい現象だと思う。
(2019.7.30記)
スピレイン,ミッキー Spillane, Micky (1918~2006*米)
『裁くのは俺だ』(1953)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 中田耕治訳 : '89/C
   I, the Jury(1947)
 タイトルや評判から、悪を裁く仕置き人風のどぎつい話だと思っていたが、“教養”としてこういうのも読んでおこうと思ったもの。ところが実際に読んでみると、意外にも割とストレートな私立探偵小説という感じだった。もちろん暴力的なシーンもあるのだけれど、身構えていたほどではない。もっとも刊行当時はかなり物議をかもした“問題作”だったらしい。この話は私には珍しく犯人がわかった話だった。
 処女作のこの作品は私立探偵マイク・ハマーを主人公とするシリーズの第1作で、続編もいくつかある。解説文を読むといずれも派手そうなハードボイルド・アクションもののようだ。あまり自分の“好み”ではないが、思っていたより“読める”話であった。
(2019.8.6記)
ウールリッチ,コーネル Woolrich, Cornell (1903~1968*米)
『喪服のランデヴー』(1957)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋豊訳 : '90/B
   I, the Jury(1947)
 悲しい話だ。一人の男の復讐の物語なのだが、犯人に同情してしまうくらい。別名義ウィリアム・アイリッシュの方の『幻の女』が大変有名で評価も高く、そちらも読んだのだが、その話を下敷きにした漫画作品(和田慎二の「愛と死の砂時計」)を以前読んでいたので、しかけがわかってしまってあまりのめりこめなかった。
 『喪服のランデヴー』にしても『幻の女』にしても、どちらも哀感あふれる文体で描かれているが、この文章の美しさはチャンドラーといい勝負じゃないかな。翻訳もいいのかも。『幻の女』の有名な書き出し「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。」なんて、ファンじゃなくてもぐっとくる。人物描写やストーリーの運びもうまい。『喪服のランデヴー』はサスペンス調だし、ハッピーエンドといった話でもないので、普通なら私が好きになるタイプではないのだが、うまいので結構気に入った。悲しい話だけれど。
 ウールリッチは作品の映画化(「裏窓」等)などで羽振りのいい時期もあったらしいが、決して恵まれた人生ではなかったようで、うまい作家だっただけに気の毒な気がする。

<その他の作品>
 『幻の女』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 稲葉明雄訳 : '89/B
   Phantom Lady(1942)※ウィリアム・アイリッシュ名義

(2019.10.11記)

1950年代

テイ,ジョセフィン Tey, Josephine (1896~1952*英)
『時の娘』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 小泉喜美子訳 : '90/A
   The Daughter of Time(1951)
 リチャード3世は、シェイクスピアの戯曲にあるように、本当に幼い甥を無情に殺させた残虐な王だったのか? ふと目にした肖像画に興味を持ち、ロンドン警視庁の警部が入院中の無聊を紛らわすため、様々な文献から歴史の真相を探ろうとする安楽椅子探偵ならぬベッドサイド探偵の物語。歴史上の事柄の謎解きなんて全然おもしろそうではないけれど、なかなかどうしてこれがおもしろいのだ。派手なアクションなどは皆無だが、こういう地道さで読ませるうまさは素晴らしい。ミステリのオールタイム・ベストで上位に入ったりもする作品で「歴史ミステリ不朽の名作」と目録にある割には、現在ではあまり目立たない存在のような気がして残念である。シェイクスピアの戯曲やイギリス史の本が読みたくなる。
 このアラン・グラント警部の出てくる作品は他にもあって、読んだのもあるが、『時の娘』ほど印象深くなかったらしく、内容は忘れてしまったなあ。

<その他の作品>
 『フランチャイズ事件』(1954)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 大山功訳 : '94/C
   The Franchise Affair(1948)
 『美の秘密』(1954)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 河田清史訳 : '94/C
   To Love and Be Wise(1950)
 『ロウソクのために一シリングを』(2001)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 直良和美訳
   A Shilling for Candles(1936)

(2019.10.12記)
ヤッフェ,ジェイムズ Yaffe, James (1927~2017*米)
『ママは何でも知っている』(1953)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 小尾芙佐訳 : '89/C
   Mom, The Detective(1952~1968)
 「ブロンクスのママ」が、刑事の息子が持ち出す難事件の話を週末の夕食の席で聞いて、次々と解いてしまうという“安楽椅子探偵”もの(いや息子、それは守秘義務とかには触れないのか?)。この話にはまた、ママと息子の妻がつい皮肉なやりとりをするという嫁姑問題(?)もさりげなく盛られていて楽しい。
 全部で8編を収める日本版オリジナルの短編集。タイトルはなかなか気が利いていて良いと思うが、同題の短編の原題は“Mom Knows Best”で、“Mom, The Detective”という原題(?)はどこから来たのかな。小粒ではあるが結構おもしろいのに、本国アメリカでは1997年まで単行本にならなかったらしい。なんとwikiにも作者の項目がフランス語版があるのに英語版がないぞ。1988年、20年ぶりに作家活動を再開し、「ママ」ものの長編を4作発表した。

<その他の作品>
 『ママ、手紙を書く』(1997)創元推理文庫 神納照子訳
   A Nice Murder for Mom(1988)
 『ママのクリスマス』(1997)創元推理文庫 神納照子訳
   Mom Meets Her Maker(1990)
 『ママは眠りを殺す』(1997)創元推理文庫 神納照子訳
   Mom Doth Murder Sleep (1991)
 『ママ、嘘を見抜く』(2000)創元推理文庫 神納照子訳
   Mom Among the Liars (1992)

(2020.6.23記)
ボアロー(ボワロ),ピエール Boileau, Pierre (1906~1989*仏)
ナルスジャック,トーマ Narcejac, Thomas (1908~1998*仏)
『死者の中から』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 日影丈吉訳 : '89/D
   D'entre les Mortss …(1953)
 フランス・ミステリはどうしてこうも苦手なのだろう。多分暗くて勧善懲悪でなかったりしてすっきりしないものが多いためなのだろうな。探偵役の主人公が事件に客観的に取り組んでいなくて、犯罪にずるずる引きずり込まれていくような感触も私の好みではないなあ。こういうタイプの作品が好きな人もいるだろうし、フランスのものがすべてそうではないのだろうけど。
 フランスのコンビの作家の作品。ヒッチコックの映画「めまい」の原作で、映画を観てから読んだのだが、映画もあまりおもしろく思えなかった。ストーリーを知らない状態でもう1作くらい読むべきかとは思うのだが、ちょっと好みに合いそうなものがないかなあ。
(2020.6.24記)
アヴァロン,マイクル Avallone, Michael (1924~1999*米)
『のっぽのドロレス』(1977)(1964)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田中小実昌訳 : '89/C
   The Tall Dolores(1953)
 私立探偵エド・ヌーンものの第1作。軽ハードボイルドというのか、軽い口調の一人称で語られる私立探偵もの。登場人物紹介が身長順になっているという趣向が凝らしてある。
 アヴァロンは「ナポレオン・ソロ」シリーズといった通俗スパイものや映画のノベライゼーションなどいろいろ書いたようだが、エド・ヌーンものがいちばん人気があるらしい。ユーモラスで肩のこらないものなので、さらっと軽く楽しめる。続編も1作訳されていた。
(2020.6.25記)
フレミング,イアン Fleming, Ian (1908~1964*英)
『死ぬのは奴らだ』(1957)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '89/D
   Live and Let Die(1954)
 名高きスパイ007シリーズの2作目。好き嫌いがはっきりしやすい冒険もの・スパイものの中で、これはなんと“嫌い”の方。この話では主人公の007があまり格好良くない感じがしたし、それに途中で相棒が大変ひどい目に遭うところがあって、主人公の闘志をかきたてるためとはいえ読んでいてちょっと辛かった。他の作品の目録の解説を見ると、東側に洗脳されて戻ってきた007を再洗脳して任務に送り出すとかいう話もあるようで、うーん。シリーズの映画もあまりちゃんと観ていないけど、映画の方が単なるアクションものとして気楽に楽しめるかな? でも出てくる女性が死ぬのも複数作なかったっけ…。ショーン・コネリーは格好いいけど。
 作者のフレミングは情報部勤務経験あり(ただし事務仕事系だったらしい)。『カジノ・ロワイヤル』『ロシアから愛をこめて』『ゴールドフィンガー』『わたしを愛したスパイ』など、中短編集も含めて、007ジェイムズ・ボンドのシリーズは全部で14冊が邦訳されている。
(2020.6.26記)
マリック,J.J. Marric, J.J. (1908~1973*英)
『ギデオンの一日』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 井上一夫訳 : '90/C
   Gideon's Day(1955)
 リアルな“警察小説”のはしりと言われるジョージ・ギデオン警視のシリーズの第1作。複数の事件が同時に取り扱われるという現実的なスタイルの作品。映画化もされ、続編もいくつか翻訳されている。つまらない話ではないが、あまり派手さはなく地味な作品。
 本名のジョン・クリーシーやいくつものペンネームを用いて非常にたくさんの作品を残しているほか、英国推理作家協会の設立にもかかわった大物だが、日本ではそろそろ忘れられてきていないか?
(2020.6.27記)
マクリーン,アリステア Maclean, Alistair (1922~1987*英)
『女王陛下のユリシーズ号』(1972)ハヤカワ文庫NV 村上博基訳 : '89/B
   H.M.S. Ulysses(1955)
 冒険小説作家マクリーンの処女作。第二次大戦時の軍艦での、極限状態の中の男たちのドラマ。極寒の北極海へ、一度は反乱さえ起きた艦が向かう。艦長は末期の結核、度重なる戦闘の疲労、いつ現れるともしれない敵艦に対する緊張…。人間はどうしてこんなとんでもない状態で戦争なんかしているんだろうと思わせる。絶望的な状況で、最後には大半の登場人物が死んでしまうのだが、それでも艦長を中心に人々が少しずつ結束していく過程が素晴らしい。人物がきちんと描かれていて、各人の生きざま、そして死が、説得力を持っている。単なる感動的な“戦争悲話”ではなく、戦争の虚しさを強く訴えているようで、ある意味ヒューマニスティックな、どちらかというと反戦的な話だと思う。とても悲しい話だけれど、珍しく好きと言える作品。傑作。ただ、この邦題は格好いいのだが、この当時のイギリスの国王は女王じゃないのだが…。
 第2作『ナヴァロンの要塞』は同じ第二次大戦時の話だが、重苦しい『~ユリシーズ号』と違って素直におもしろい!と言って読める作品。ギリシアのある島の要塞を破壊しに決死隊が乗り込み…という戦争冒険小説。荒っぽい設定だが、きちんと書き込まれていて、『~ユリシーズ号』と同じく人間も丁寧に描かれている。敵方も“鬼畜米英”的な書き方ではないし、登場人物の死や苦しみも納得できる形で読み終わった後そんなに辛くない(実際そんなうまくはいかないだろうけど)。グレゴリー・ペック主演の映画も有名だが、「フケツのミラー」があんまり不潔な感じじゃなかったな。映画の内容をもふまえた『ナヴァロンの嵐』という続編がある。
 好き嫌いの激しい冒険小説としては、マクリーンのこの2作は“好き”な方。処女作と第2作は全然違うテイストの話だけど、どちらも戦争という非常時でしかできない物語。

<その他の作品>
 『ナヴァロンの要塞』(1971)ハヤカワ・ノヴェルズ 平井イサク訳 : '89/B
   The Guns of Navarone(1957)

(2020.7.19記)
マクベイン,エド McBain, Ed (1926~2005*米)
『警官嫌い』(1959)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Cop Hater(1956)
 警察ものの名作<87分署シリーズ>の第1作。ニューヨークをモデルにした架空の大都会アイソラを舞台に警官たちの捜査が繰り広げられる群像劇。スティーヴン・キャレラ刑事などが中心だが、基本的には集団捜査で巻によっては普段脇役的な人物が主人公になっている。警察の捜査活動をリアルに描く「警察小説」というジャンルを確立した作品とのこと。
 このシリーズは2005年まで長編52冊・中編集2冊が書かれ(他に短編もあり)、読んだ範囲ではどの作品もある程度の水準以上はいっていて、全体として見てもよくできていておもしろいと思う(読了は32作目まで)。人によってそれぞれ好きな作品はあるだろうが、私はいちばん最初に読んだ第27作『死んだ耳の男』が印象深い。1作目から読もうと思ったのに間違えて当時最新刊だったこの巻を手に取ってしまったためだが、これは“好敵手”として複数回出てくる「デフ・マン」の巻の一つで、それまでの経緯を知らないながらもなかなか読みごたえがあった。一般的には、キャレラを逆恨みする女を巡って起こるサスペンスの第8作『殺意の楔』が評価が高い。ドラマ化や映画化されている作品もいくつかあるが、第10作『キングの身代金』が黒澤明監督によって「天国と地獄」というタイトルで翻案映画化されている。
 ほぼ年に1作の割で書かれ、邦訳はハヤカワ・ポケット・ミステリから順次文庫になっていたが、第28作の『われらがボス』が文庫のみでしかも文庫の3番目に入っていたり、第31作『命ある限り(→命果てるまで)』・第32作『殺意の盲点(→死者の夢)』が先に別出版社のトクマ・ノベルズで出て早川書房の文庫では20番目と21番目に入っていたりするので、各巻のあとがきについている刊行リストをよく見た方が良い。原則として一冊一話完結で登場人物の紹介もだいたい各巻でしてくれるが、前の事件の話が出て来たり物語の中の時間も動いているので(登場人物が昇進したり結婚したり子どもが生まれたり年をとったり)、書かれた順に読んだ方がわかりやすい。なお2000年を最後に文庫化が止まっていて、最後の5作はポケット・ミステリ版のみ。
 マクベインはこのほか<ホープ弁護士シリーズ>、のち本名としたエヴァン・ハンター名義で『暴力教室』、カート・キャノン名義で『酔いどれ探偵 街を行く』などいくつものペンネームで多数の作品を書いていた。

<87分署シリーズ>
 『通り魔』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田中小実昌訳 : '82以前/B
   The Mugger(1956)
 『麻薬密売人』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 中田耕治訳 : '82以前/B
   The Pusher(1956)
 『ハートの刺青』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋泰邦訳 : '82以前/B
   The Con Man(1957)
 『被害者の顔』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 加島祥造訳 : '82以前/B
   Killer's Choice(1958)
 『殺しの報酬』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Killer's Payoff(1958)
 『レディ・キラー』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田中小実昌訳 : '82以前/B
   Lady Killer(1958)
 『殺意の楔』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Killer's Wedge(1959)
 『死が二人を』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 加島祥造訳 : '82以前/B
   'Til Death(1959)
 『キングの身代金』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   King's Ransom(1959)
 『大いなる手がかり』(1960)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 加島祥造訳 : '82以前/B
   Give the Boys a Great Big Hand(1960)
 『電話魔』(1962)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋泰邦訳 : '82以前/B
   The Heckler(1960)
 『死にざまを見ろ』(1961)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 加島祥造訳 : '82以前/B
   See Them Die(1960)
 『クレアが死んでいる』(1962)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 加島祥造訳 : '82以前/B
   Lady, Lady, I Did It(1961)
 『空白の時』(1962)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   The Empty Hours(1962) ※中編集
 『たとえば、愛』(1963)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Like Love(1962)
 『10プラス1』(1963)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 久良岐基一訳 : '82以前/B
   Ten Plus One(1963)
 『斧』(1964)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋泰邦訳 : '82以前/B
   Ax(1964)
 『灰色のためらい』(1965)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋泰邦訳 : '82以前/B
   He Who Hesitates(1965)
 『人形とキャレラ』(1966)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 宇野輝雄訳 : '82以前/B
   Doll(1965)
 『八千万の眼』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 久良岐基一訳 : '82以前/B
   Eighty Million Eyes(1966)
 『警官(さつ)』(1968)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Fuzz(1968)
 『ショットガン』(1970)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Shotgun(1968・1969)
 『はめ絵』(1971)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Jigsaw(1970)
 『夜と昼』(1973)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Hail, Hail, the Gang's All Here !(1971) ※中編2編
 『サディーが死んだとき』(1974)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Sadie When She Died(1972)
 『死んだ耳の男』(1975)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Let's Hear It for the Deaf Man(1973)
 『われらがボス』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 井上一夫訳 : '82以前/B
   Hail to the Chief(1973)
 『糧』(1977)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '82以前/B
   Bread(1974)
 『血の絆』(1978)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 井上一夫訳 : '89/B
   Blood Relatives(1975)
 『命ある限り』(1977)トクマ・ノベルズ 河合裕訳 : '89/B
   So Long as You Both Shall Live(1976)
 『殺意の盲点』(1978)トクマ・ノベルズ 松岡和訳 : '89/B
   Long Time No See(1977)

(2020.7.20記)
アルレー,カトリーヌ Arley, Catherine (1924~ *仏)
『わらの女』(1964)創元推理文庫 安堂信也訳 : '89/D
   La Femme de Paille(1956)
 “悪女もの”ということになっているが、多少の欲と打算を持った女が、別の人物の罠にはめられて破滅するという話で、主人公は悪役というよりむしろ被害者では? もちろん主人公の女の方も高潔というわけではないのだが、ちょっとした悪女気取りの女よりさらに上手をいく男がいた、という“悪男もの”と言った方がいいような。いずれにしても勧善懲悪ではなく、主人公が破滅していく話だから小気味良くもなくて、この手の話はあまり好きになれないなあと思っていたら、これもフランスの作品だったか。
 アルレーは生年が1935年?とされていたこともあって、若くしてデビューしたと言われていたが(『わらの女』は第2作)、フランス本国のwikiなどを見ると1924年生まれで、2020年現在95歳で存命らしい。日本でも人気があったようで邦訳も多数あったが、近年ではどうなのだろうか。
(2020.7.21記)
ネス,エリオット Ness, Eliot (1903~1957*米)
『アンタッチャブル』(1973)ハヤカワ文庫NV 井上一夫訳 : '90/C
   The Untouchables(1957)
 禁酒法時代のアメリカ1920年代、シカゴで暗躍するアル・カポネの犯罪組織に対抗する男たちの活動を描いたドキュメンタリー小説。この作品はネスの自伝として本人の著作扱いになっているが、あとがきによるとジャーナリストのオスカー・フレリーが聞き書きしたものとのことで、実質フレリーの著作なのだろう。いろいろ脚色もされているだろうし、ジャーナリストの手慣れた筆のせいもあるだろうが、ちょっとした小説より迫力があっておもしろい。
 ネス自身は「アンタッチャブル」の特別捜査班の活動後さまざまあったようだが、本が出る直前に病で亡くなった。何度もドラマ化・映画化され、近年の映画では原作とは別にノベライズも出ている。
(2020.7.21記)
マッギヴァーン,ウィリアム・P. McGivern, William P. (1922~1982*米)
『明日に賭ける』(1959)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 峯岸久訳 : '90/C
   Odds against Tomorrow(1957)
 銀行強盗で一攫千金を狙った男の話。犯罪小説だし、言ってみれば虚しい話なのだが、ラスト近くの主人公の行動、そしてそこに至るまでの心境の変化がなかなか良い。私の好きなタイプの話ではないのだが、にもかかわらず、もう少しで「好き」に入りそうな出来のいい話と感じられた。
 マッギヴァーンはそこそこ読まれていたようだが、この手の渋めの話は近年あまりはやらないのか、かつてはたくさんあった邦訳もすべて品切状態になってしまったようだ。テレビドラマ「刑事コジャック」などの脚本も手がけていたとのこと。
(2020.7.22記)
レイシイ,エド Lacy, Ed (1911~1968*米)
『さらばその歩むところに心せよ』(1959)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 野中重雄訳 : '90/C
   Be Careful How You Live(1958)
 誘拐事件の身代金を横取りしてしまう悪徳警官もの。ラストに“見せ場”があるのは良いが、ドライな感じがするせいか、マッギヴァーンの『明日に賭ける』ほどは好きじゃない。虚しい話と言ってしまうとおしまいなのだが、悪になり切れない主人公の人間臭さはうまいと思う。聖書の文句から取られたタイトルはなかなか気が利いていて良い。
 黒人の私立探偵の登場する『ゆがめられた昨日』で、1957年という時点で人種問題を取り扱った作品を書いた作家として評価されている。
(2020.7.22記)
モイーズ,パトリシア Moyes, Patricia (1923~2000*英)
『死人はスキーをしない』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫  小笠原豊樹訳 : '89/C
   Dead Men Don't Sky(1959)
 ヘンリ・ティベット警部のシリーズの第1作で作者の処女作。“休暇”の名目で捜査に来たスキー場で、警部さんが妻とともに事件に取り組むお話。すごくおもしろい!というほどではないが、安定した力量のある英国ミステリ。スキーの描写もなかなか良い。
 モイーズはアイルランド生まれで、P.D.ジェイムズとともにクリスティの後継者と目されるイギリスの女性作家。派手さはなくてもユーモアがある分、私としてはジェイムズよりおもしろいと思う。翻訳は多数あるが、少し地味なことが災いしたか近年ではほとんど品切になっているようだ。
(2020.7.22記)

1960年代

フランシス,ディック Francis, Dick (1920~2010*英)
『本命』(1968)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   Dead Cert(1962)
 名高い<競馬スリラー・シリーズ>(文庫版では単に<競馬シリーズ>というようだが)の第1作。邦訳では第3作目にあたる。“シリーズ”といっても毎回登場人物が違う、競馬界を舞台にした連作である。実はかなり以前に読んだのでよく覚えていないのだが、確か『興奮』(1965)、『大穴』(1965)や『本命』を含め、初期の6作は読んでいるはず。いずれも競馬界の中の陰謀に挑むハードな男のお話である。暴力的なシーンも出てくるが、話や人物がしっかりできているので読んでいてそんなに辛くはない。
 珍しく同じ主人公シッド・ハレーが出てくる話の2作目の『利腕』(1979)を少し経ってから読んだが(1作目は『大穴』、3作目もあるらしい)、シリーズの中でも力作とされているだけあってやはりおもしろかった。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞、アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞。完成度が高い“男の誇り”の物語。
 作者が元騎手だったためリアリティはもちろんだが、小説としても上級でおもしろい。全部同じパターンと思ってしまうと多少飽きが来ないこともないが。シリーズは年にほぼ1作の割で書かれ、長編13作目まではポケット・ミステリ→文庫、その後は直接文庫に邦訳されていた(14作目の『重賞』が文庫の3番目に入っていてわかりにくいぞ…)。2010年まで息子との共作も含め長編43冊・短編集1冊が書かれた(死後は息子がシリーズを書き継いでいる)。他に自伝『女王陛下の騎手』(1957)がある。

<競馬スリラー・シリーズ>
 『興奮』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   For Kicks(1965)
 『大穴』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   Odds against(1965)
 『度胸』(1968)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   Nerve(1964)
 『飛越』(1969)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   Flying Finish(1966)
 『血統』(1969)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '82以前/B
   Blood Sport(1967)
 『利腕』(1985)ハヤカワ・ミステリ文庫 菊池光訳 : '90/B
   Whip Hand(1979)

(2020.7.23記)
マクドナルド,ロス Macdonald, Ross (1915~1983*米)
『さむけ』(1965)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 小笠原豊樹訳 : '89/B
   The Chill(1963)
 私立探偵リュウ・アーチャーのシリーズの第11作で、‘ロス・マク’の作品では一番にあげられるもの。淡々としているが読ませるうまさのある作品である。ロス・マクドナルドはハメット、チャンドラーに続くハードボイルド御三家の一人だが、18作あるリュウ・アーチャーもののうち、第9作の『ウィチャリー家の女』あたりから作風を変え、“ソフトボイルド”とか“ハードボイルドの文学派”などと呼ばれるようになる。アクションもないではないが、“ハードボイルド”という言葉から連想されるような派手さは確かにあまりなかったような。現代のアメリカの上流家庭の退廃を傍観する、といったような作品が多いと言われる。1949年の『動く標的』に始まる前期の作品は読んでいないのだが、中期以降の『ウィチャリー家~』や『さむけ』は一見地味だが、確かに読み終わった後、「おもしろかった」と思わせるうまさを持っている。
 なお、ロス・マクドナルドは初めジョン・マクドナルド、のちにジョン・ロス・マクドナルドというペンネームを使っていたが、ジョン・D.マクドナルドと紛らわしいので「ロス・マクドナルド」にしたとか。マクドナルドという姓はミステリ界には結構多く、ほかにも何人かいるので、先にミステリ作家として名の出ていた妻のマーガレット・ミラーとの混同を防ぐためにペンネームを使ったというが、本名のケネス・ミラーの方が結果的にはわかりやすかったのでは?

<その他の作品>
 『動く標的』(1966)創元推理文庫 井上一夫訳
   The Moving Target(1949)
 「ウィチャリー家の女」小笠原豊樹訳 (『世界ミステリ全集6』(1972)早川書房) : '90/B
   The Wycherly Woman(1961)

(2020.7.23記)
ル・カレ,ジョン Le Carré, John (1931~2020*英)
『寒い国から帰ってきたスパイ』(1978)ハヤカワ文庫NV 宇野利泰訳 : '86/D
   The Spy Who Came in from the Cold(1963)
 スパイものの、今や古典の一つで、ル・カレの代表作。まだ壁のある時代のベルリンでの話で、その筋では高い評価を受けている作品。でも暗い話で、よくできているのかもしれないけれど、終わり方といい、私はあまり好きではない。スパイの苦悩がわかる話、というところか。タイトルは印象的だ。
 ル・カレには他にもたくさんスパイものの作品があるが、ジョージ・スマイリーという人物の出てくる一連の作品が有名(スマイリーは『寒い国~』でもチョイ役で顔を出している―私は覚えていないのだが)。中でも<スマイリー三部作>というのがあって、いちばん最初の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は、『寒い国~』よりは私の好みに近かったし、よりわかりやすい話だった。ただ、長くて重厚なので、合う人には好まれるのかもしれないが、私にはやっぱりちょっと…なのだった。
 「ル・カレ」という名前はペンネームのようだが、イギリス人なのにフランス系のようなペンネームにしたのはなぜなのかな。情報部に所属していたことがあり、近年本人の回想録のほか伝記も刊行されている。

<その他の作品>
 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1986)ハヤカワ文庫NV 菊池光訳 : '91/C
   Tinker, Tailor, Soldier, Spy(1974)

(2020.7.23記)
ケメルマン,ハリイ Kemelman, Harry (1908~1996*米)
『金曜日ラビは寝坊した』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 高橋泰邦訳 : '89/C
   Friday the Rabbi Slept Late(1964)
 デイヴィッド・スモールというちょっと型破りな、ユダヤ教の宗教的指導者ラビが主人公となるシリーズものの第1作。主人公は事件の容疑をかけられたりもするが、わりと淡々と推理にあたる。その過程でユダヤ社会の問題や風習も描き出されている。地味ながら一定の力量を持っているという感じで、アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞処女長編賞を受賞している。シリーズは、曜日ごとのタイトルがなかなかおもしろい「金曜日」から「木曜日」までの7作を含め12作ある。
 他に、ニッキイ・ウェルト教授を主人公とする“安楽椅子探偵”ものの連作短編集『九マイルは遠すぎる』がある。
(2020.11.19記)
マクドナルド,ジョン・D. MacDonald, John Dann (1916~1986*米)
『濃紺のさよなら』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 深町真理子訳 : '90/D
   The Deep Blue Good-bye(1964)
 トラブル解決屋?のトラヴィス・マッギーのシリーズ1作目。内容にはあまり関係ないがタイトルに色の名前が入っていることで<カラー・シリーズ>とも言われる。シリーズの中には角川文庫などの他の出版社から出ているものもあった。マッギーは自分の船を持っていたりして少しブルジョアでキザ?という感じで、私立探偵の免許を持っていないものの私立探偵小説的な話。
 ジョン・D.マクドナルドは非常に多作なうえ、SFを含むミステリ以外の小説も手がけているベストセラー作家で、アメリカ探偵作家クラブの会長を務めるなどしているが、多才なのがかえって焦点が絞りにくいのか、日本では今一つ有名ではないような。他に、凶悪な若者たちの犯罪小説『夜の終り』が評価が高いが、解決のない話という感じで私は好きではない。

<その他の作品>
 『夜の終り』(1963)創元推理文庫 吉田誠一訳 : '89/D
   The End of the Night(1960)

(2020.11.20記)
キーティング,H.R.F. Keating, Henry Reymond Fitzwalter (1926~2011*英)
『パーフェクト殺人』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 尾坂力訳 : '90/C
   The Perfect Murder(1964)
 作者はイギリス人だが、舞台はインドのガネシ・ゴーテ警部のシリーズの第1作。英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞。インドの風俗習慣が邪魔したりして捜査はさっぱり順調に進まない…というちょっと異色な警官もの。作者はこの作品執筆時はインドへ行ったことはなかったらしいのだが、正統な警察捜査による推理小説というより、インドの異国情緒で人目を引こうとする話、という印象。推理小説をパロディする、という面もあるような。他の作品は読んでいないのだが、上司の殺人をもみ消した過去により危機に立ったりするものもあるとか、やはり少し変わり種のシリーズのようだ。
 他に、イギリスを舞台にした作品や、ミステリの評論、ノンフィクション『ミステリの書き方』などの著作もある。
(2020.11.21記)
デイトン,レン Deighton, Len (1929~ *英)
「ベルリンの葬送」稲葉明雄訳 (『世界ミステリ全集16』(1972)早川書房) : '89/D
   Funeral in Berlin(1964)
 ベルリンにまだ壁があったころのスパイ小説。この作品を含め、デイトンのいくつかのスパイ小説の主人公には名がない。単に“わたし”と記述され、その時々の偽名を与えられたりしているが、プロンジーニの「名無しのオプ」のように同じ人物なのではないかと思われている。デイトンの小説の中では有名なものなので読んでみたが、主人公に魅力が感じられなくてストーリーもそれほどおもしろく思えず、印象の薄い話だった。
 他に、イギリス秘密情報局局員バーナード・サムソンの全9作に及ぶ連作や、イギリスがドイツに占領されているIFの世界を舞台にした話、第二次大戦のノンフィクションなどの著作がある。
(2020.11.22記)
ボール,ジョン Ball, John (1911~1988*米)
『夜の熱気の中で』(1967)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 菊池光訳 : '90/C
   In the Heat of the Night(1965)
 1960年代という時代に、黒人の警察官ヴァージル・ティッブスを主人公としたことで注目を集めた作品。人種偏見の強い南部の町を訪れた際に起こった殺人事件で、蔑視されながら捜査に協力する姿を描く。アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞処女長編賞を受賞。シドニー・ポワチエの主演で映画化もされ、日本では「夜の大捜査線」というタイトルで公開された。シリーズ化され、第4作『五つの死の宝石』ではヒスイが出てくるというので読んだが、第1作ともども内容覚えてないなあ。
 ジョン・ボールはシャーロッキアンでティッブスにホームズの影響が見られるとか。東洋通・親日家としても知られていたらしい。他に、航空冒険小説『航空救難隊』などの作品がある。

<その他の作品>
 『五つの死の宝石』(1974)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 皆藤幸蔵訳 : '90/C
   Five Pieces of Jade(1972)

(2020.11.23記)
ホール,アダム Hall, Adam (1920~1995*英)
『不死鳥(フェニックス)を倒せ』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 村上博基訳 : '90/C
   The Berlin Memorandum(1965)
 イギリス政府のために働く<クィラー>と呼ばれるスパイの活躍を描くシリーズの第1作。呼び名はイギリスの大学教授で小説家でもあったアーサー・クィラー=クーチから取られている。この第1作はアメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞し、アレック・ギネス主演で「さらばベルリンの灯」のタイトルで映画化もされた名作として認知されている。ドイツが統一されていなくてベルリンにまだ壁があった時代、ナチス復活をもくろむ組織の壊滅を図る…という話で、主人公のトラウマの描写が印象的とか、結末が唐突とかいろいろな感想があるようだが、うーん覚えてないなあ。
 多くのペンネームで様々なジャンルの作品を書いており、エルストン・トレヴァー名義の航空冒険小説『飛べ!フェニックス』などがある。
(2021.2.6記)
バグリイ,デズモンド Bagley, Desmond (1923~1983*英)
『高い砦』(1980)ハヤカワ文庫NV 矢野徹訳 : '89/B
   High Citadel(1965)
 旅客機がハイジャックされたうえにアンデス山中に不時着し、しかもそこへ襲ってくる武装ゲリラと戦うはめになるというサスペンス小説。今はしがない雇われパイロット、南米の小国の元大統領、中世歴史学者、自称実業家などの生き残りの雑多なメンバーが、近代兵器を持つゲリラとどう戦うのか、高山病に苦しみロクな装備もないなか無事に下山できるのか、などスリル満点。自分的には当たりはずれの激しい冒険小説のなかで、これは大変「当たり」だったもので、細かいことは忘れたけどおもしろかった!という印象が残っている。困難な中でいろいろ工夫する話は好きだ。イギリス冒険小説の傑作の一つ。文庫本の表紙変わったなと思ったけど、昔の表紙だとネタバレだからか?(というのがネタバレか)
 バグリイは処女作である海洋冒険小説『ゴールデン・キール』など、いずれも評価の高い冒険小説を16作執筆しそのすべてが翻訳されたが、59歳で病を得て亡くなった。
(2021.2.7記)
ライアル,ギャビン Lyall, Gavin (1932~2003*英)
『深夜プラス1』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 菊池光訳 : '89/D
   Midnight Plus One(1965)
 元情報部員の男の一人称で語られる、殺し屋と警察双方から追われる実業家を護送する道中を描くハードボイルドな物語。次々危険がふりかかるうえに、コンビを組むガンマンが凄腕だがアルコール中毒だったりと、さまざまな困難なことが起こる。評価の高い冒険小説だが、自分的にはこれは残念ながら「はずれ」の方。「男のロマン」が駄目だったのかなあ。日本でも人気の高い作品で、「深夜プラス1」の名は、コメディアンで冒険小説愛好家だった内藤陳が経営していた新宿ゴールデン街のバー(内藤陳没後も現存)、ミステリ評論家の茶木則雄が初代店長だった飯田橋駅前のミステリ系が強い書店(2010年閉店)に使われていた。
 美術品の絡む話として『拳銃を持つヴィーナス』も読んでみたが、こっちはそもそも内容覚えていないなあ。他の作品に、フィンランドでの決闘を描いた『もっとも危険なゲーム』、元SASのマクシム少佐のスパイ・シリーズなどがある。

<その他の作品>
 『拳銃を持つヴィーナス』(1977)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 小鷹信光訳 : '90/D
   Venus with Pistol(1969)

(2021.2.9記)
ポープ,ダドリー Pope, Dudley (1925~1997*英)
『イタリアの海』(1980)至誠堂 山形欣哉,田中航訳 : '05/B
   Ramage(1965)
 ナポレオン戦争時代のイギリス海軍のニコラス・ラミジ艦長を主人公とした<ラミジ艦長物語>の第1作。主人公は父親が無実の罪を着せられて海軍を追われたという暗い背景があるのだが、それに反して物語は全体に大変明るく、常連の部下たちは死なないし、作戦はたいてい成功するので安心して楽しく読める。女性関係も「束の間の恋」を含め基本うまくいくのだが、1巻からの恋人とは17巻で別れることになる。立場や宗教の違いがあって困難だったとはいえ、相思相愛のこの二人が別れることになるとはこの物語の流れではちょっと意外だった。とはいえすぐ新しい恋人ができて結婚もし、最終巻で新しい艦に乗るなど、まだまだいろいろ書けそうだったのに終わりとは残念。訳者あとがき等がないので経緯は不明なのだが、まだ亡くなるまで数年あったはずだが体調を崩したりしたのかな。
 ポープは自らが所有する帆船で各地を旅し作品に生かしたとか。他に、17世紀のイギリスを舞台にしたネッド・ヨーク・シリーズ、第二次大戦時代の海軍もの、イギリス海軍についてのノンフィクションの著作がある。

<ラミジ艦長物語> 至誠堂
 『岬に吹く風』(1980) 出光宏訳 Ramage and Drumbeat(1967) : '05/B
 『ちぎれ雲』(1980)   田中清太郎訳 ┐ Ramage and Freebooters(1969) : '05/B
 『カリブの磯波』(1981) 田中清太郎訳 ┘ : '05/B
 『ハリケーン』(1981) 小牧大介訳 ┐ Governor and Ramage R.N.(1973) : '06/B
 『謎の五行詩』(1981) 小牧大介訳 ┘ : '06/B
 『消えた郵便船』(1981) 出光宏訳 ┐ Ramage's Prize(1974) : '06/B
 『裏切りの証明』(1981) 出光宏訳 ┘ : '06/B
 『Xデー』(1981) 田中航訳 Ramage and the Guillotine(1975) : '07/B
 『タイトロープ』(1981) 山形欣哉, 田中航訳 ┐ Ramage's Diamond(1976) : '07/B
 『眼下の敵』(1983)   田中航訳      ┘ : '07/B
 『密命の結末』(1982) 小牧大介訳 Ramage's Mutiny(1977) : '07/B
 『鬼哭啾々』(1982)  田中清太郎訳 ┐ Ramage and the Revels(1978) : '08/B
 『総督の陰謀』(1982) 田中清太郎訳 ┘ : '08/B
 『海に沈めた秘密』(1982) 窪田鎮夫,出光宏訳 The Ramage Touch(1979) : '10/B
 『遠い船影』(1983) 出光宏訳 Ramage's Signal(1980) : '10/B
 『孤島の人質』(1983) 影山栄一訳 Ramage and the Renegade(1981) : '11/B
 『悪魔島』(1986) 小牧大介訳 Ramage's Devil(1982) : '11/B
 『狂気の目撃者』(1986) 小牧大介訳 Ramage's Trial(1984) : '11/B
 『ナポレオンの隠し札』(1986) 小牧大介訳 Ramage's Challenge(1985) : '13/B
 『トラファルガー残照』(1987) 小牧大介訳 Ramage at Trafalgar(1986) : '13/B
 『サラセンの首』(1989) 小牧大介訳 Ramage and Saracens(1988) : '13/B
 『マルチニクの新月』(1990) 小牧大介訳 Ramage and the Dido(1989) : '13/B

(2021.2.10記)
ギルマン,ドロシー Gilman, Dorothy (1923~2012*米)
『おばちゃまは飛び入りスパイ』(1988)集英社文庫 柳沢由美子訳 : '89/B
   The Unexpected Mrs. Pollifax(1966)
 ごく普通の「おばちゃま」ミセス・ポリファックスが、退屈な毎日に飽きてある日突然CIAへスパイ志願に行き…という、元気な初老の未亡人の女性が活躍するユーモアあふれる楽しいスパイ小説。ちょっとロマンスもあったような。シリーズ化され、この第1作は「危険な国から愛をこめて」のタイトルで映画化もされている。この映画の邦題で1972年に角川文庫で訳出された後、1980年代末から2000年にかけて改めて集英社文庫でシリーズ全14作が翻訳された。
 他に『クローゼットの中の修道女』『伯爵夫人は超能力』などの作品がある。2010年にアメリカ探偵作家クラブ巨匠賞を受賞。
(2021.2.11記)
ブラウン,リリアン・J. Braun, Lilian Jackson (1913~2011*米)
『猫は手がかりを読む』(1988)ハヤカワ・ミステリ文庫 羽田詩津子訳 : '90/B
   The Cat Who Could Read Backwards(1966)
 新聞記者のジム・クィラランとその飼い猫のシャム猫ココが登場するシリーズの第1作。日本版の翻訳はなぜか2番目だが、これが第1作というのと、美術界を扱ったミステリということでこれから読んでみた。美術ミステリとしてはそれほどではなかったような。人間と猫のコンビという異色の組み合わせだが、新聞を読んだりできる猫の方がどちらかというと目立つ話で、猫を楽しむ物語かな? 原作は第3作まで刊行されたのち長く間があいたが、1986年に別出版社から第4作が出版されて評判となって書き継がれ、2007年までに長編29冊が刊行された。日本では再開後の1988年から翻訳が始まり、シリーズの長編すべてが刊行された。
(2021.3.9記)
シューヴァル,マイ Sjöwall, Maj (1935~2020*スウェーデン)
ヴァールー,ペール Wahlöö, Per (1926~1975*スウェーデン)
『笑う警官』(1972)角川文庫 高見浩訳 : '90/B
   Den Skrattande Polisen(1968)
 マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーの夫婦が合作した、マルティン・ベック警部(のち警視)を主人公とした警察小説シリーズの第4作で、アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞した。現職警察官を含む大量殺人事件を追う、シリーズ中屈指とされる作品。
 シリーズは1965年の『ロゼアンナ』から1975年の『テロリスト』まで10作が書かれたが、物語の中でも10年の時間が流れており、主人公の私生活の変遷だけでなく、当時のスウェーデンの社会や警察組織を批判的に描いている。そういう意味で、読んだ2作ともちょっと暗い話で、あまり後味が良くなかったような…。日本版は1970年代に英語版から重訳されて全作が刊行されたが、2013年以降そのうちの前半5作のスウェーデン語からの翻訳が刊行された。

<その他の作品>
 『ロゼアンナ』(1975)角川文庫 高見浩訳 : '89/C
   Roseanna(1965)

(2021.3.10記)
プーヅォ,マリオ Puzo, Mario (1920~1999*米)
『ゴッドファーザー』上・下(1973)ハヤカワ文庫NV 一ノ瀬直二訳 : '85/B
   The Godfather(1969)
 アメリカでのイタリア・マフィアのファミリーを描いた犯罪小説。家族の愛憎や内外の抗争を通して、マフィアのボスとなった男の変貌・悲哀を描いている。プーヅォ自身も脚本に参加した映画は3本作られたが、第3作は公開30年後の2020年に再編集されて「最終章」として改めて公開された。
 他にも『ザ・シシリアン』などのマフィアを扱った作品で知られ、プーヅォ自身もイタリア移民の子としてニューヨークに生まれており、ウェストレイクの『ニューヨーク編集者物語』で何についても自分とマフィアを関係づけたがる向きにうんざりしている人物として書かれているが、実際のところはどうだったのかな。
(2021.3.13記)

1970年代

ウェストレイク,ドナルド・E. Westlake, Donald Edwin (1933~2008*米)
『ホット・ロック』(1972)角川文庫 平井イサク訳 : '91/D
   The Hot Rock(1970)
 盗みの腕はたつものの、毎回何かハプニングが起こるという、泥棒ジョン・ドートマンダーを主人公とするコミカルなタッチの犯罪小説のシリーズの第1作。この第1作はエメラルドを盗むという話だが、宝石の蘊蓄を語る話ではなかったようで、内容全然覚えてないなあ。ロバート・レッドフォード主演で映画化されたが、そんな格好いい男だったか?
 多才なウェストレイクは、殺し屋の主人公が探偵役となる処女作『やとわれた男』などのハードボイルド、作家がアンソロジーの編集者として苦労する『ニューヨーク編集者物語』(実在の人物名がたくさん出てくるのだが、大丈夫だったのか?)などのユーモア小説のほか、リチャード・スターク名義で<悪党パーカー>シリーズ、タッカー・コウ名義で<刑事くずれミッチ・トビン>シリーズなど、複数のペンネームを用いて様々なタイプの作品を多数執筆した。アメリカ探偵作家クラブの賞であるエドガー賞を長編賞・短編賞・脚本賞と3回受賞したほか、1993年には巨匠賞も受賞した。

<その他の作品>
 『やとわれた男』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 丸本聰明訳 : '89/D
   The Mercenaries(1960)
 『ニューヨーク編集者物語』(1989)扶桑社ミステリー 木村仁良訳 : '90/B
   A Likely Story(1984)

(2021.3.28記)
ラヴゼイ,ピーター Lovesey, Peter (1936~ *英)
『死の競歩』(1973)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 村社伸訳 : '90/C
   Wobble to Death(1970)
 19世紀ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台とした、クリッブ巡査部長が主人公の<スコットランド・ヤード物語>の第1作。タイトルは「競歩」になっているが、当時流行していたらしい数日間に渡る徒歩競技が題材。スポーツ・ジャーナリストをしていた著者が取材の際に知った競技とか。現代なら死者が出たら競技会は中止だろうけど…。この処女作の歴史ミステリで英国推理作家協会最優秀新人賞を受賞した。
 ラヴゼイは現代より少し前の時代を扱うことが多く、英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞した『偽のデュー警部』は1920年代が舞台の話で、妻の殺害をもくろんで豪華客船に乗った男が、名警部の名を偽名に使ったばかりに船内で起きた殺人事件の捜査をするはめになる物語。他に、1964年の時代に21年前に発生した殺人事件を再捜査する『苦い林檎酒』や、ヴィクトリア女王の皇太子アルバート・エドワードが活躍する<殿下シリーズ>などの作品がある。

<その他の作品>
 『偽のデュー警部』(1983)ハヤカワ・ミステリ文庫 中村保男訳 : '90/C
   The False Inspector Dew(1982)
 『苦い林檎酒』(1987)ハヤカワ・ミステリ文庫 山本やよい訳 : '91/C
   Rouph Cider(1986)

(2021.3.29記)
ウォンボー,ジョゼフ Wambaugh, Joseph (1937~ *米)
『センチュリアン』(1979)ハヤカワ文庫NV 工藤政司訳 : '92/C
   The New Centurions(1970)
 ロサンゼルス市警察在職中に書いた処女作の警察小説。同期の新米警官3人が様々な犯罪や出来事に出会って成長・堕落していくという群像劇。アクションあふれる刑事ドラマというより地味なリアリティを持ったノンフィクションのような警察もの。ベストセラーになったというが、日本ではどうだったのかな。
 ウォンボーは自身も警官として14年間務めていた。<ハリウッド警察25時>シリーズ、テレビ映画化された『ハリウッドの殺人』などの小説作品のほかにノンフィクションの著作もあり、アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞の最優秀犯罪実話賞を受賞している。2004年には同クラブの巨匠賞を受賞した。
(2021.7.3記)
オブライアン,パトリック O'Brian, Patrick (1914~2000*英)
『新鋭艦長、戦乱の海へ』上・下(2002)ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 : '04/B
   Master and Commander(1970)
 ナポレオン戦争時代のイギリス海軍の艦長ジャック・オーブリーと、その相棒となる軍医スティーブン・マチュリンの活躍を描く海洋冒険小説シリーズの第1作。陽気で勇敢な軍人である艦長と、海軍の事情に疎く博物学者でもある医者という、立場も性格も違うが実は仲のいい二人の掛け合いが楽しい。当時の生活や世相も細かに描写され、イギリス海軍関係の専門用語も多いが、海洋冒険小説に慣れた人なら問題ないか? 日本でのシリーズ名は<英国海軍の雄ジャック・オーブリー>だが、ダブル主人公の物語として<オーブリー&マチュリン>シリーズと呼ばれることも多い。2003年にはラッセル・クロウ主演で、10作目の『南太平洋、波瀾の追撃戦』のエピソードを中心に、映画「マスター・アンド・コマンダー」が作られた(第1作の原題であるこのタイトルはある意味「間違い」だが格好はいいか。映画自体は迫力あって観ごたえあったが、日本公開の時に「戦争に駆り出される可哀想な少年たち」みたいな変な宣伝されてた…)。シリーズは作者の生前に20作、死後に未完の作品が1冊刊行されたが、日本での翻訳刊行は映画原作とされる10作目までで、それも手に入らなくなっているのはちょっと残念。おもしろかったと思うのだが、映画人気だけでは厳しかったか? 4作目まではかつては別出版社からも出ていた。
 他に歴史小説や伝記の著作があり、フランス語の書籍の翻訳なども行っていた。

<英国海軍の雄ジャック・オーブリー> ハヤカワ文庫NV
 『勅任艦長への航海』上・下(2003) 高沢次郎訳 : '04/B
   Post Captain(1972)
 『特命航海、嵐のインド洋』上・下(2003) 高橋泰邦,高津幸枝訳 : '04/B
   H.M.S. Surprise(1973)
 『攻略せよ、要衝モーリシャス』上・下(2004) 高津幸枝訳 : '04/B
   The Mauritius Command(1977)
 『囚人護送艦、流刑大陸へ』上・下(2005) 大森洋子訳 : '05/B
   Desolation Island(1978)
 『ボストン沖、決死の脱出行』上・下(2005) 高沢次郎訳 : '06/B
   The Fortune of War(1979)
 『風雲のバルト海、要塞島攻略』上・下(2006) 高沢次郎訳 : '06/B
   The Surgeon's Mate(1980)
 『封鎖艦、イオニア海へ』上・下(2006) 高津幸枝訳 : '07/B
   The Ionian Mission(1981)
 『灼熱の罠、紅海遥かなり』上・下(2007) 高津幸枝訳 : '08/B
   Treason's Harbour(1983)
 『南太平洋、波瀾の追撃戦』上・下(2004) 高橋泰邦,高津幸枝訳 : '08/B
   The Far Side of the World(1984)

(2021.7.4記)
ハイスミス,パトリシア Highsmith, Patricia (1921~1995*米)
『贋作』(1973)角川文庫 上田公子訳 : '92/C
   Ripley under Ground(1970)
 犯罪者トーマス・リップリー(トム・リプリー)を主人公とするシリーズの第2作。この作品は画家の贋作に絡む話というので、美術ミステリとして読んでみたと思うのだが、あまり印象に残らなかったなあ。「悪い奴」であるリプリーの立ち回りを楽しむべきものだったか。長らく絶版だったが、河出文庫で改訳して再刊された。
 サスペンスの作家として知られているが、近年にほぼすべての長編が邦訳されるまでは、日本ではアラン・ドロン主演で映画化されたリプリーものの第1作『太陽がいっぱい』の原作者として知られていたか(原作と映画では結末が異なるらしい)。この作品は一時旧訳再刊・新訳とも『リプリー』というタイトルになったが、のちまたこのタイトルに戻った。処女長編『見知らぬ乗客』もヒッチコック監督により映画化されている。
 ハイスミスは写真を見ると強面の女性のようだが、カタツムリの観察が趣味だったとか。

<その他の作品>
 『太陽がいっぱい』(1971)角川文庫 青田勝訳
   The Talented Mr. Ripley(1955)

(2021.7.5記)
ウィルコックス,コリン Wilcox, Collin (1924~1996*米)
『容疑者は雨に消える』(1980)文春文庫 宮脇孝雄訳 : '89/C
   Dead Aim(1971)
 サンフランシスコ市警のフランク・ヘイスティングス警部が主人公のシリーズものの第3作。邦訳2冊目だったが、1冊目が合作だったからこれを読もうと思ったんだったかな? このシリーズは日本では11作訳されたが、全部は出なかったうえに、翻訳順が全然原作通りではなくわかりにくいぞ(そもそもシリーズ1冊目にイレギュラーな合作を持ってくるとは…)。邦訳タイトルはどれも凝っていておもしろいのだが、今は手に入らなくなっているようだ。地道な警察小説だったと思うが、しっかりしたキャラづけとストーリー、サンフランシスコの緻密な描写で評価されていたとのこと。
 日本でも放映されたテレビシリーズ「警部マクロード」の脚本を書いたりもしていたらしい。
(2021.7.6記)
フォーサイス,フレデリック Forsyth, Frederick (1938~ *英)
『ジャッカルの日』(1973)角川書店 篠原慎訳 : '84/B
   The Day of the Jackal(1971)
 フランスのド・ゴール大統領暗殺を依頼された殺し屋と、その企てを阻止せんとする警察との虚々実々の駆け引きを描くサスペンス小説。最後の瞬間の直前まで顔を合わさないが、互いに相手を認識して状勢を探りつつ繰り広げる、追いつ追われつのスリリングな展開が非常に読みごたえがある。数々の変装・偽装や潜伏先、武器の調達などもおもしろいが、最後には地道な聞き込みが功を奏する(でもド・ゴールの思わぬ動きに意表をつかれなければ)という…。1973年に映画化されたもので先に知ったかも。小説にはちゃんと書いてあったけど、映画は時代柄ゲイ関係の描写をちょっとぼかしたかな。基本的には映画もよくできていたと思う。
 第1作がおもしろかったので、第2作の『オデッサ・ファイル』も読んでみたが今一つだったような。フォーサイスはジャーナリストとして活動していたが、秘密情報部に協力していた経験があるほか、ナイジェリア内戦に関わるクーデター支援なども行ったことがある。ドキュメンタリー・タッチの国際謀略小説と言われ、実体験をうまく小説に生かせる人だったということかな。一時期すごく流行っていたと思うのだが、近年はあまり名を聞かない気がする。他に小説『戦争の犬たち』『悪魔の選択』『ネゴシエイター』、自伝『アウトサイダー』などの著作がある。

<その他の作品>
 『オデッサ・ファイル』(1974)角川書店 篠原慎訳 : '84/C
   The Odessa File(1972)

(2021.7.9記)
ジェイムズ,P.D. James, Phyllis Dorothy (1920~2014*英)
『女には向かない職業』(1975)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 小泉喜美子訳 : '89/C
   An Unsuitable Job for a Woman(1972)
 私立探偵コーデリア・グレイの登場する連作の第1作。女性私立探偵としては草分け的な存在とのこと。若い女性が慣れない仕事で頑張る姿が評判となり人気作となった。タイトルも印象的だが、内容とともに現在だったらちょっと何か言われないか?(もちろん反語的意味があるのだけど。) 1997年には映画化された。
 『不自然な死体』は詩人でもあるアダム・ダルグリッシュ警視のシリーズ第3作。コーデリア・グレイの話はこちらのシリーズの番外編にあたる。小説家がたくさん出てきて謎解きに挑戦する異色作がおもしろそうということで、受賞作でも第1作でもないこれを読んだのだったかな? シリーズの『ナイチンゲールの屍衣』『黒い塔』『死の味』で英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー賞を3回受賞している。
 クリスティの後継者の一人とされたりするようだが、本人が傾倒しているのはセイヤーズらしい。克明な心理描写で陰鬱な雰囲気を描き出すことで知られ、内務省警察局や病院に勤務していた経験を生かしているとか。1983年に一代貴族に叙せられた。1987年には英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を、1999年にはアメリカ探偵作家クラブの巨匠賞も受賞した。

<その他の作品>
 『不自然な死体』(1983)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 青木久恵訳 : '90/C
   Unnatural Causes(1967)

(2021.8.30記)
リテル,ロバート Littell, Robert (1935~ *米)
『ルウィンターの亡命』(1980)ハヤカワ文庫NV 菊池光訳 : '90/D
   The Defection of A. J. Lewinter(1973)
 ミサイル科学者の亡命を巡る米ソの駆け引きを描いたスパイ小説。作者は処女作のこの作品で英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞。派手なアクションではなく、反米宣伝の道具やスパイに仕立て上げるといった両陣営の頭脳戦が繰り広げられる。なんか「ルウィンター」という名前が気になって読んでみた話だったと思うが、期待していたものと違ったのか内容はほとんど覚えていない。
 アメリカの作家でスパイ小説を多く手がけているが、「英国」「推理」作家協会の賞を取っているのだな。イギリスはスパイ小説に縁が深いからか。
(2021.8.31記)
クリアリー,ジョン Cleary, Jon (1917~2010*豪)
『法王の身代金』(1979)角川文庫 篠原慎訳 : '83/B
   Peter's Pence(1974)
 ヴァチカンの財宝を狙った犯罪者らが、図らずもローマ法王(現在では一般でも「ローマ教皇」と言うことになったが)を誘拐してしまい、その身代金を要求することになるという物語。1980年代にとある漫画でローマ法王を誘拐してしまうエピソードがあり、ストーリーそのものや地下道やスイスガードが使われることなど、ファンの間で「資料」として使われたのだろうと指摘されたもの。それは置いておくとしても、なかなかスリリングでおもしろい話だったと記憶している。アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞。これも冒険小説系だけど「探偵」作家クラブ賞受賞しているのだな。今は絶版のようで残念。
 他に、航空冒険小説『高く危険な道』、警察官スコビー・マローンのシリーズなどの作品がある。同姓同名のミュージシャンもいるが、どちらも名前の綴りが「John」じゃないんだなあ。
(2021.9.1記)
チャステイン,トマス Chastain, Thomas (1921~1994*米)
『パンドラの匣』(1978)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 後藤安彦訳 : '90/C
   Pandora's Box(1974)
 マックス・カウフマン警視を主人公とする、ニューヨークを舞台とした警察小説のシリーズ第1作。メトロポリタン美術館の絵画を強奪するという美術ミステリ的な要素のある話だったようだが、よく覚えていないなあ。「パンドラの匣」というのは事前に得た情報をもとに発動した捜査の作戦名。シリーズにはカウフマンの元部下である私立探偵のスパナーというサブ主人公がいるが、サンリオ文庫の唯一のミステリ部門で出た『死の統計』では主役を張っているとか(のちハヤカワ・ミステリ文庫で再刊)。
 E.S.ガードナーのペリー・メイスンものの続編のほか、著作権代理人ビル・アドラーや女優ヘレン・ヘイズとの共著作品もある。
(2021.9.2記)
ヒギンズ,ジャック Higgins, Jack (1929~2022*英)
『鷲は舞い降りた』(1981)ハヤカワ文庫NV 菊池光訳 : '89/B
   The Eagle Has Landed(1975)
 第二次世界大戦中、イギリスのチャーチル首相誘拐というヒトラーの密命を帯びてノーフォークの寒村に潜入したドイツ落下傘部隊の活動を描く冒険小説。「悪役」であるドイツ軍将校の主人公クルト・シュタイナ中佐を魅力的に描き、スリリングなストーリーが大変おもしろく読める作品。主人公側の「悲劇」に終わる話は受けやすいこともあるが、名作として人気が高い。協力者として出てくるアイルランド共和国軍(IRA)の闘士リーアム・デヴリンは、『テロリストに薔薇を』などの他の作品にも出ている。のち初版時に削除されていたエピソードが追加された「完全版」が刊行された。1976年には映画化されている。1991年には続編『鷲は飛び立った』が書かれたが、内容や出来栄えについては賛否両論あるようだ。
 ヒギンズには第二次世界大戦を題材にした作品のほか、少年時代は北アイルランドのベルファストに住んでいたこともあり、北アイルランド紛争に絡んだ話も多い。作者本人がいちばん好きな物語としている『死にゆく者への祈り』もその一つ。ハリー・パタースン、ジェイムズ・グレアムなどのペンネームを用いて多くの作品を書いているが、日本では大部分がヒギンズ名義で出版されている。
(2021.9.3記)
ネイハム,ルシアン Nahum, Lucien (1929~1983*米)
『シャドー81』(1977)新潮文庫 中野圭二訳 : '90/C
   Shadow 81(1975)
 旅客機が「外から」乗っ取られる、という異色のハイジャック事件を描いた著者唯一の小説。本国アメリカでは話題にならなかったものの、日本では航空冒険小説の名作として人気作となったもの。1977年度の第1回「週刊文春ミステリーベスト10」で1位になるなどしたというので読んでみたのだが、内容はあんまり覚えていないなあ。初刊の新潮文庫のものも再刊のハヤカワ文庫NVのものも、青空と飛行機の表紙絵が印象的だったけど。タイトルも格好いいね。
 ネイハムはイギリスやフランスで10代のときからジャーナリストとして活動していて、六か国語に堪能でパイロット免許も持っていたとか。
(2021.9.4記)
パーカー,ロバート・B. Parker, Robert Brown (1932~2010*米)
『失投』(1985)ハヤカワ・ミステリ文庫 菊池光訳 : '89/C
   Mortal Stakes(1975)
 大リーグの八百長疑惑を扱った、私立探偵スペンサーを主人公としたシリーズの第3作。主人公の地元ボストンの実在のチーム、レッド・ソックスを題材とした野球ミステリなのがおもしろいと思って読んだが、ストーリーはあまり覚えていないなあ。日本では文庫版の最初の作品として訳し下ろしで出たので順番がわかりにくくなっている。早川書房はこういうところ直してほしいな。出版順は仕方ないとしても作品番号で調整するとかさ…。
 『シリーズ第4作の『約束の地』でアメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞。日本では、心を閉ざした少年の自立を助けることになる第7作『初秋』が人気が高いらしい。確かに「いい話」だと思うけど、こういう泣かせる話、日本人には受けやすいからかな。物語の中では10年後になる続編『晩秋』もある。スペンサーはタフな男だけど料理もするし恋人はいるし読書や音楽など趣味もいろいろあって、禁欲的で不健康な感じだった「私立探偵」のイメージを変えたが、リア充なところがかえって疎まれたりもしたとか。
 他に、警察署長ジェッシイ・ストーンや女性私立探偵サニー・ランドルのシリーズ、レイモンド・チャンドラーの遺稿を完成させた『プードル・スプリングス物語』などの作品がある。2002年にはアメリカ探偵作家クラブの巨匠賞を受賞した。

<その他の作品>
 『初秋』(1982)早川書房 菊池光訳 : '90/C
   Early Autumn(1981)

(2021.9.5記)
ケンリック,トニー Kenrick, Tony (1935~ *豪)
『リリアンと悪党ども』(1980)角川文庫 上田公子訳 : '90/C
   Stealing Lillian(1975)
 テロリスト・グループを捕まえるために、赤の他人同士で大金持ちの家族を装い「子ども」を誘拐させるという偽装計画が行われるユーモア・ミステリ。評価は結構分かれるみたいだけど、癖のあるキャラが立っていて、はまれる人には大変おもしろい作品のようだ。アメリカンフットボールの話が出てくるのとか全然覚えてないが。
 『殺人はリビエラで』『スカイジャック』など、ユーモアに満ちたミステリ作品を多く発表していたが、のちシリアスな作風に転向したとのこと。『俺たちには今日がある』『誰が為に爆弾は鳴る』など、邦訳タイトルは既存の小説や映画のタイトルをもじったものが多い。
(2021.9.6記)
アンダースン,ジェームズ Anderson, James (1936~2007*英)
『血のついたエッグ・コージイ』(1988)文春文庫 宇野利泰訳 : '89/B
   The Affair of the Blood-Stained Egg Cosy(1975)
 1930年代のイギリスの片田舎の荘園屋敷で起きた殺人事件、全員が容疑者、最後に探偵役の推理による謎解き、という本格派黄金時代の探偵小説を思わせる物語。割とおもしろかったと思うのだけど、内容よく覚えてないな。扶桑社ミステリー文庫から『血染めのエッグ・コージイ事件』として再刊。初刊でも再刊でもタイトルに入っている「エッグ・コージイ」は、日本ではまだ一般化していなくてわかりにくいのではと思ったけど(自分でも「卵立て」のことかと思っていた)、「ゆで卵保温カバー」じゃ推理小説のタイトルにはちょっと…か。同じ舞台でウィルキンズ警部が出てくる続編に『切り裂かれたミンクコート事件』があり、2003年には22年ぶりに第3作も書かれた。
 テレビドラマ「ジェシカおばさんの事件簿」シリーズの脚本・ノベライズも手がけている。
(2021.9.7記)
ホック,エドワード・D. Hoch, Edward Dentinger (1930~2008*米)
『怪盗ニック登場』(1976)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 木村二郎他訳 : '90/C
   Enter the Thief(1975)
 依頼を受けて一見価値のないものや変わったものを盗むという「プロの泥棒」、怪盗ニック・ヴェルヴェットの日本オリジナルの短編集の1冊目。盗みのテクニックと依頼人の動機の探索を描くユーモア・ミステリということだが、うーんあんまり覚えてないなあ。日本では人気があるようで、のち、シリーズ全短編を発表順に収録した<怪盗ニック全仕事>(全6巻)も出版された。
 ホックは長編作品もあるが短編中心の作家で、シリーズ・キャラクターのうちサム・ホーソーン、サイモン・アークは日本オリジナル短編集が複数冊出ているほか、数多くのシリーズ・ノンシリーズの短編を発表している。自身で<年刊ミステリ傑作選>などのアンソロジーの編集もしている。2001年に短編作家としては初めてアメリカ探偵作家クラブの巨匠賞を受賞した。日本では「ホウク」表記も。
(2021.9.8記)
トレヴェニアン Trevanian (1931~2005*米)
『夢果つる街』(1988)角川文庫 北村太郎訳 : '89/B
   The Main(1976)
 カナダのモントリオールを舞台にした渋い警察小説。タイトルからしてもあまり派手な話ではなさそうなのは察せられるが、こういう哀愁漂う人間ドラマみたいなのが受けたのか人気があるようだ。どういう話だったかあまり覚えてないけど、自分の評価的には悪くなかったようだ。原題になっている貧しい移民たちの吹き溜まりのようなこの街が主人公、ということだろうが、訳題もうまいしカバー絵も味がある。
 本名はロドニー・ホイテカー(ウィテカー)というらしいが、正体を明かさない覆面作家として活動していたようだ(wikiの生年と本に載っているの全然違うんだけど…)。一作ごとに違った味わいの作品を著し、他に、映画化もされた山岳冒険小説『アイガー・サンクション』、ミュンヘン・オリンピックでのテロ事件への報復に絡む『シブミ』などの作品がある。しかし「渋み」って日本的精神の至高の境地なのか?
(2021.11.1記)
デクスター,コリン Dexter, Colin (1930~2017*英)
『キドリントンから消えた娘』(1989)ハヤカワ・ミステリ文庫 大庭忠男訳 : '90/C
   Last Seen Wearing(1976)
 処女作『ウッドストック行最終バス』を第1作とする、モース主任警部シリーズの第2作。オックスフォードを舞台とし、相棒のルイス巡査部長(のち部長刑事)とともに謎解きに挑むシリーズ。この作品は2作目だが、パズルを解くようなモースの推理の仕方、二転三転する推理の過程がおもしろいと評価も人気も高いというので読んでみたものだが、その魅力があまりよくわからなかったなあ。
 デクスターの作品はモース主任警部シリーズのみで、長編13作で完結、他に短編集が1冊ある。シリーズ作品は英国推理作家協会賞のシルヴァー・ダガー賞、ゴールド・ダガー賞をそれぞれ2回ずつ受賞しており、テレビドラマ化もされている。ドラマには相棒ルイスが主人公のもの、モースの若い頃のものなどのスピンオフもあるとか。デクスターはクロスワード・パズルが得意で、それがモースにも反映されているという。1997年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞。
(2021.11.2記)
カッスラー,クライブ Cussler, Clive (1931~2020*米)
『タイタニックを引き揚げろ』(1981)新潮文庫 中山善之訳 : '89/D
   Raise the Titanic !(1976)
 架空の「国立海中海洋機関(NUMA)」に属するダーク・ピットを主人公とする海洋冒険小説のシリーズの4作目にあたり、カッスラーの出世作となったもの。映画化もされている。内容はタイトル通りだが、沈没したタイタニック号には軍事上重要な物資が積まれていたという設定が盛られている。国際的な謀略の絡む海洋調査で主人公の活躍を楽しむというシリーズだが、そのダーク・ピットのキャラクターが好きになれなくて、自分的には合わなかったようだ。1985年に実際にタイタニック号が発見されるより前の刊行。
 日本では海洋小説のパシフィカで2冊出たあと、新潮文庫で作品が刊行されてきたが「通俗娯楽小説」のため飽きられてきたのかほぼ絶版・品切となり、近年は『タイタニックを引き揚げろ』の復刊を含め扶桑社ミステリーから刊行されている。息子らとの合作の作品もある。カッスラーは自ら「NUMA」を設立して海洋調査を行っていたとのこと。
(2021.11.3記)
アーチャー,ジェフリー Archer, Jeffrey (1940~ *英)
『百万ドルをとり返せ!』(1977)新潮文庫 永井淳訳 : '86/A
   Not a Penny More, Not a Penny Less(1976)
 株の詐欺に遭った男たちが「1ペニーも多くなく、1ペニーも少なくなく」相手から金をとり返そうと知恵を絞る話。詐欺に詐欺で対抗する話だが、いろいろな手段を考えるところがおもしろく、「これであいつへの貸しは○○ポンド○○ペンスになった」と細かく計算するところがおかしい。自身の経験をネタに、ベストセラーになる話が書けるとはすごい。本人にとっては大変な災難だったろうが、読書界にとっては幸運だったのでは。テレビドラマ化もされている。
 『ケインとアベル』はWASPと東欧からの移民という対照的な境遇の二人の主人公の生きざまと関係を描く大河ドラマ的な物語。その続編『ロスノフスキ家の娘』はアメリカで初の女性大統領を目指すアベルの娘の物語。どちらも大変ドラマチックで読ませるおもしろい物語である。
 『大統領に知らせますか?』はアメリカ大統領暗殺計画を阻止しようとFBI捜査官が奮闘する物語だが、大統領がロバート・ケネディだったところを、『ロスノフスキ家の娘』のフロレンティナに差し替え、年代や細かいエピソードを変更して新版として出し直されている。イギリス首相の座を目指す男たちの争いを描く『めざせダウニング街10番地』でも、本国イギリス版とアメリカ版で結末が違うとか(日本版はアメリカ版の方だったか)。いずれの場合も、凝ったことをする作家だ。
 アーチャーは20代で下院議員になるも、投資に失敗して財産を失い辞職。作家として成功し借金を完済後政界に復帰したが、女性スキャンダルで再び辞職。小説家としては大変うまいストーリーテラーで、とても読みやすくおもしろく読める。

<その他の作品>
 『大統領に知らせますか?』(1978)新潮文庫 永井淳訳 : '82以前/A
   Shall We Tell the President ?(1977)
 『ケインとアベル』上・下(1981)新潮文庫 永井淳訳 : '87/A
   Kane and Abel(1979)
 『ロスノフスキ家の娘』上・下(1983)新潮文庫 永井淳訳 : '87/A
   The Prodigal Daughter(1982)
 『めざせダウニング街10番地』(1985)新潮文庫 永井淳訳 : '89/A
   First among Equals(1984)

(2021.11.4記)
フリーマントル,ブライアン Freemantle, Brian (1936~ *英)
『消されかけた男』(1979)新潮文庫 稲葉明雄訳 : '86/B
   Charlie Muffin(1977)
 冴えない見かけながら実は切れ者であるスパイ、チャーリー・マフィンが主人公のシリーズの第1作。ソ連のKGBの高官亡命事件を巡って、上司や同僚から疎まれながらもしたたかに立ち回る物語。しょぼい男に見えて格好良く活躍する!というところがすかっとして、読んで楽しいのが受けた理由かも。冴えない見かけだが切れ者と言えば刑事コロンボだが、コロンボと違うのは女にもてることだとか。イギリスではテレビドラマ化もされたようだ。最後はちょっと驚く終わり方をするので、この1作かぎりの主人公かと思ったら、この後10作以上続くシリーズになったとはさらに驚き。
 他に、欧州刑事警察機構の心理分析官クローディーン・カーターの<プロファイリング・シリーズ>、米ロの捜査官の共同捜査を描く<ダニーロフ&カウリー シリーズ>などの小説作品があるほか、国際ジャーナリストとして活動していた経験から『KGB』『CIA』『FIX』といったノンフィクションも書いていて、新潮選書から訳出もされている。邦訳は大部分はフリーマントル名義で出ているが、ジャック・ウィンチェスターなどの別名義での著作もある。
(2021.11.5記)
クック,ロビン Cook, Robin (1940~ *米)
『コーマ―昏睡―』(1983)ハヤカワ文庫NV 林克己訳 : '85/B
   Coma(1977)
 医学サスペンスの草分け的な作品とのこと。簡単な手術だったはずの患者が昏睡状態になってしまう事故が続き…ということが発端。しかし同じ病院で続いたら早晩怪しまれると思うのだが、そのへんは手を回してあるという設定入ってたっけ? 植物状態にされた患者の「ケア」されている状態はビジュアル的に斬新で、これはちょっとSF的と言えるかな。映画化されているがこのシーンは見せどころだったか。おもしろかったけど、主人公が少し軽率じゃないかなあ。あらすじ確認してみると彼氏も十分怪しそうに見えるし。外部にもう少し何かつないでおいた方が…。臓器移植・臓器売買はSFのニーヴンも1960年代から書いていたようだけど、1970年代にはかなり現実的な問題になっていたのだろうな。
 作者は医師でもあり、他にも毎回趣向を凝らした医学サスペンスを主に作品を発表している。直接関係ないが訳者も医学博士で、医学の著作のほかSFや児童文学の翻訳もある。
(2021.11.6記)
ピーターズ,エリス Peters, Ellis (1913~1995*英)
『聖女の遺骨求む』(1990)現代教養文庫 大出健訳 : '97/A
   A Morbid Taste for Bones(1977)
 中世イギリスの修道士カドフェルが探偵役となる歴史ミステリのシリーズ第1作。薬草のことなどの修道士の知識のほか、中世のイギリスの人々の生活や風習も興味深く、大変おもしろく読める。この第1作では「聖人の遺骨」という仏舎利みたいなものをありがたがるのは東西共通の発想なんだなあと思ったり。蜂蜜を乳幼児にあげるシーンが出てくるのはこの巻じゃなかったかもしれないけど、当時は甘い栄養のあるものなんてあまりないし、菌の知識もないから妥当だったかな。
 歴史上イギリスは内乱時代で、この背景の王権争いが物語の中で最後まで描かれなかったのは少し残念だったが、カドフェル個人としてはシリーズのクライマックスと言えるだろう息子絡みの『背教者カドフェル』で一区切りというところだったと思うので、ここまで話が刊行されて良かった。日本では、3巻のみハヤカワ・ポケット・ミステリで1982年に出たあと、社会思想社の現代教養文庫ミステリ・ボックスで短編集まで全巻刊行されたが、社会思想社廃業後は光文社文庫で再刊された。テレビ・シリーズにもなっているが、カドフェルがちょっと格好良すぎでは? この、精神的にも社会的にも経済的にもしっかり根付いていた修道院をつぶしたヘンリー8世ってすごいな。
 本名イーディス・パージター名義で歴史小説なども書いているが、翻訳はピーターズ名義のミステリのみ。他に、第2作『死と陽気な女』がアメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞した<フェルス一家>シリーズなどの作品がある。1993年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞。

<修道士カドフェル> 現代教養文庫 : '97/A
 『死体が多すぎる』(1991) 大出健訳 One Corpse Too Many(1979)
 『修道士の頭巾』(1991) 岡本浜江訳 Monk's-Hood(1980)
 『聖ペテロ祭の殺人』(1991) 大出健訳 Saint Peter's Fair(1981)
 『死への婚礼』(1991) 大出健訳 The Leper of Saint Giles(1981)
 『氷のなかの処女』(1992) 岡本浜江訳 The Virgin in the Ice(1982)
 『聖域の雀』(1992) 大出健訳 The Sanctuary Sparrow(1983)
 『悪魔の見習い修道士』(1992) 大出健訳 The Devil's Novice(1983)
 『死者の身代金』(1993) 岡本浜江訳 Dead Man's Ransome(1984)
 『憎しみの巡礼』(1993) 岡達子訳 The Pilgrim of Hate(1984)
 『秘跡』(1993) 大出健訳 An Excellent Mystery(1985)
 『門前通りのカラス』(1993) 岡達子訳 The Raven in the Foregate(1986)
 『代価はバラ一輪』(1993) 大出健訳 The Rose Rent(1986)
 『アイトン・フォレストの隠者』(1993) 大出健訳 The Hermit of Eyton Forest(1987)
 『ハルイン修道士の告白』(1994) 岡本浜江訳 The Confession of Brother Haluin(1988)
 『異端の徒弟』(1994) 岡達子訳 The Heretic's Apprentice(1989)
 『陶工の畑』(1994) 大出健訳 The Potter's Field(1989)
 『デーン人の夏』(1995) 岡達子訳 The Summer of the Danes(1991)
 『聖なる泥棒』(1995) 岡本浜江訳 The Holy Thief(1992)
 『背教者カドフェル』(1996) 岡達子訳 Brother Cadfael's Penance(1994)
 『修道士カドフェルの出現』(1997) 岡本浜江,岡達子,大出健訳 A Rare Benedictine(1988)

(2021.11.7記)
コンドン,リチャード Condon, Richard (1915~1996*米)
『オパールは死の切り札』(1983)ハヤカワ文庫NV 後藤安彦訳 : '90/C
   Bandicoot(1978)
 ギャンブル狂のコリン・ハンティントン大佐が活躍するユーモア冒険小説の第2作。ギャンブルによる借金から逃げ回る話だが、ドタバタコメディの中に一本筋が通っているという感想も。宝石がテーマになっているのかと読んでみたが、オパールはあんまり関係なかったか? 前作『ワインは死の香り』は原題が“ARIGATO”で、第2作にも日本企業が出てくるが、作者は日本と何か縁があったのだろうか。
 他に、ニューヨークのマフィアのファミリーの一員の恋の顚末を描いた『女と男の名誉』、冷戦下の国際的陰謀を描いたサスペンス『影なき狙撃者』などの作品がある。
(2021.11.8記)
マクラウド,シャーロット MacLeod, Charlotte (1922~2005*米)
『にぎやかな眠り』(1987)創元推理文庫 高田恵子訳 : '89/B
   Rest You Merry(1978)
 田舎町の農業大学のピーター・シャンディ教授が事件に巻き込まれるという、ユーモアあふれる物語のシリーズの第1作。この第1作はクリスマス時期のごたごたの中での事件を描く。お祭りの馬鹿騒ぎが嫌いな人はどこの国でもいるんだな。
 一方、大都会ボストンを舞台とした『納骨堂の奥に』に始まるセーラ・ケリングのシリーズは、変人の親戚たちにお嬢様な主人公が振り回される物語。この1作目はシリアスで悲劇的だが、巻が進むにつれだんだんユーモアの味が出てくるとのこと。
 どちらのシリーズも「素人」が探偵役の日常的な場面での事件を描いた「コージー・ミステリ」で、ユーモアとともにロマンスもあって読者を楽しませてくれる。両シリーズや別名義のものを含め、マクラウドの作品は大部分は創元推理文庫で出たが、途中扶桑社ミステリーのものがあるので注意。いろいろあって邦訳が中断していたようだが、セーラ・ケリングのシリーズは最終巻まで刊行されて良かった。シャンディ教授のシリーズも新版が刊行されていたが止まってしまったかなあ。
 シャーロット・マクラウドはカナダに生まれ、1歳のときにアメリカへ移住しのち帰化。広告会社などで働く傍ら作品を執筆。アリサ・クレイグ名義の<ジェネット&マドック>シリーズや<ディタニー・ヘンビット>シリーズなどの作品もある。

<その他の作品>
 『納骨堂の奥に』(1989)創元推理文庫 浅羽莢子訳 : '93/B
   The Family Vault(1979)

(2021.11.9記)
ヴィリエ,ジェラール・ド Villiers, Gérard de (1929~2013*仏)
『SAS/セーシェル沖暗礁地帯』(1978)創元推理文庫 伊東守男訳 : '89/D
   S.A.S. : Naufrage aux Seychelles(1978)
 「神聖ローマ帝国18代大公殿下(SAS)」であるというCIAの諜報部員「プリンス・マルコ」ことマルコ・リンゲが主人公のスパイ小説。100冊を超えるシリーズで、映画化されている作品もある。日本でも50冊以上訳出され、この作品が創元推理文庫の1冊目。本当の1作目は1965年の『SAS/イスタンブール潜水艦消失』。2004年には、扶桑社ミステリーから近年の国際情勢を背景にした作品も3冊出ていた。人気のあったシリーズのようだが、スパイ小説・冒険小説は性に合わないものも多く、これも自分には駄目な部類だったなあ。
 作者は極右の政党に共感すると表明して批判されたが、自分の出版社を立ち上げて自著を販売したとのこと。 11.9
(2021.11.10記)
レンデル,ルース Rendell, Ruth (1930~2015*英)
『乙女の悲劇』(1983)角川文庫 深町真理子訳 : '90/C
   A Sleeping Life(1978)
 レジナルド・ウェクスフォード警部シリーズの第10作。シリーズ第1作の『薔薇の殺意』がレンデルのデビュー作。なぜこの第10作を取り上げようとしたのか忘れてしまったが、女性であることの問題が絡む複雑なストーリーだったようだ。タイトルが印象的ではある。表紙が2種類あるようだが、どっちで読んだんだったっけな。
 本格推理の警察小説のかたわらレンデルは異常心理ものなどのサイコ・スリラーにすぐれ、ノンシリーズの『わが目の悪魔』、バーバラ・ヴァイン名義の『運命の倒置法』などで4回に渡って英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞している。1991年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を、1997年にはアメリカ探偵作家クラブの巨匠賞を受賞。

<その他の作品>
 『薔薇の殺意』(1981)角川文庫 深町真理子訳 : '89/C
   From Doon with Death(1964)

(2021.11.26記)
フォレット,ケン Follett, Ken (1949~ *英)
『針の眼』(1980)早川書房 鷺村達也訳 : '83/B
   Storm Island(1978)
 第二次大戦のさなか、連合国軍の上陸作戦についての重要機密をつかんだドイツのスパイが、逃走中にとある島にたどり着き…というスパイ小説。暗殺に針のような武器を使う冷酷な男と英国情報部との攻防に、孤島に住む人妻とのロマンスという味わいを加えた、スリル満点でサービス満載の娯楽小説と言える。原書のタイトルはのち“Eye of the Needle”に変わったようだ。フォレットの出世作となった作品でアメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞、映画化もされた。早川書房で翻訳が出て文庫にもなり、のち新訳で新潮文庫・創元推理文庫と移ったがそれらももう絶版になってしまったようだ。今でも十分におもしろいと思うのだが、この手の話はもう時代遅れで受けないと思われているのだろうか。
 針の眼』以前に書かれた『モジリアーニ・スキャンダル』は美術ミステリ?と思って読んでみたが、美術的な蘊蓄はあまりない作品だったようだ。スパイ小説や冒険小説を主に書いていたが、1989年には中世イングランドの歴史小説『大聖堂』を発表して話題となり、続編も出ている。

<その他の作品>
 『モジリアーニ・スキャンダル』(1997)新潮文庫 日暮雅通訳 : '00/C
   The Modigliani Scandal(1976)

(2021.11.27記)
クラムリー,ジェイムズ Crumley, James (1939~2008*米)
『さらば甘き口づけ』(1980)早川書房 小泉喜美子訳 : '91/C
   Enter the Thief(1975)
 酔いどれの私立探偵スルー(のちの作品からはカナ表記が「シュグルー」になったようだ)のシリーズの第1作。主人公を含めたうらぶれた登場人物たちの人生の悲哀を描き出して傑作と評されているが、自分的にはあんまりピンとこなかった印象。続編『友よ、戦いの果てに』でハメット賞を受賞。
 ベトナム戦争をテーマとした作品でデビュー。他に、『酔いどれの誇り』から始まるミルトン・チェスター・ミロドラゴヴィッチ3世(通称ミロ)のシリーズ、ミロとシュグルーが共演している『明日なき二人』などがある。主人公二人はどちらも酔いどれの私立探偵だが、ハードボイルドとしてアクションシーンもある。クラムリー自身がチャンドラーを好んでいたのを意識してか、訳題のタイトルも格好いいのが多いな。
(2021.11.28記)
ガードナー,ジョン Gardner, John (1926~2007*英)
『裏切りのノストラダムス』(1981)創元推理文庫 後藤安彦訳 : '89/C
   The Nostradamus Traitor(1979)
 イギリスの情報局員ハービー・クルーガーのシリーズ第1作。第二次大戦中の出来事にノストラダムスの予言とナチスの権力闘争が絡むという話だったようだが、これは自分には今一つだった話のようだ。このシリーズは冷戦下のシリアスで重厚なスパイ小説で、三部作とされていたが続きも出ている。
 007のパロディと言える駄目スパイのボイジー・オークス・シリーズ第1作となる『リキデイター』でデビュー、人気作となり映画化もされた。フレミングの遺族公認で本家007シリーズの続編や映画のノベライズのほか、ホームズの敵モリアーティー教授の後日談シリーズの執筆なども手がけた。

<その他の作品>
 『リキデイター』(1966)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 岡本幸雄訳 : '91/C
   The Liquidator(1964)

(2021.11.29記)
ブロック,ローレンス Block, Lawrence (1938~ *米)
『泥棒は詩を口ずさむ』(1981)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田口俊樹訳 : '89/A
   The Burglar Who Liked to Quote Kipling(1979)
 ニューヨークを舞台に、泥棒稼業の際になぜか殺人事件に巻き込まれてしまい探偵をするはめになるという泥棒バーニイことバーニイ・ローデンバーのシリーズ第3作。この巻からバーニイは古本屋を営み始め、キプリングの稀覯本の詩集に絡む問題が起こる。ネロ・ウルフ賞受賞。バーニイは自身は殺人はしない泥棒で、登場人物たちの軽妙な会話が楽しいユーモアあふれるシリーズ。第5作『泥棒は抽象画を描く』ではモンドリアンの絵画が扱われている。他の巻でも初版本や作家の手紙や手書き原稿など、文学・美術絡みのネタが多いのも楽しい。ハヤカワ・ポケット・ミステリで出ていたが、早川書房がバーニイ・シリーズの刊行をやめてしまったらしく、第11作『泥棒はスプーンを数える』は集英社文庫から刊行された(訳者は同じ)。おもしろいと思うんだけど、早川はこのところシリーズをどんどん切ってるなあ。
 酔いどれの無免許探偵マット・スカダーのシリーズは同じニューヨークを舞台にしながら一転シリアスな作風で大都会の虚無や悲哀を描き、第5作『八百万の死にざま』でアメリカ私立探偵作家クラブ賞シェイマス賞最優秀長篇賞を受賞し、映画化もされた。このシリーズ、二見文庫で出ているものが多いんだけど(訳者は同じ)、訳題が『一ドル銀貨の遺言』とか『聖なる酒場の挽歌』とかしゃれたのが多い。
 他に、不眠症スパイ?のエヴァン・タナーのシリーズ、殺し屋ケラーのシリーズなど多くの作品がある。絵をテーマにした作品のアンソロジーを主催したりもしている。1994年にアメリカ探偵作家クラブの巨匠賞、2002年にアメリカ私立探偵作家クラブの生涯功労賞、2004年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞。

<その他の作品>
 『泥棒は抽象画を描く』(1984)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田口俊樹訳 : '90/B
   The Burglar Who Painted Like Mondrian(1983)
 『八百万の死にざま』(1984)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田口俊樹訳 : '89/C
   Eight Million Ways to Die(1982)

(2021.11.30記)
マクドナルド,フランク McDonald, Frank (1941~ *米)
『ユダヤ・コレクション』上・下(1980)新潮文庫 中野圭二訳 : '86/B
   Provenance(1979)

 ナチスに没収されて行方知れずになった絵画の謎を探って美術界の闇に迫る物語。サザビーでの競売や要塞のような美術品保管庫、巨匠の絵を所有することがステータスであることなど、美術界でのビジネスを含む一筋縄ではいかない仕組みが描かれていて興味深かった。某漫画で「資料」として使われていたかも。ナチス・ドイツがユダヤ人らから略奪した美術品は、現在でも行方不明の10万点について回収・返却の努力が行われているとのことで、この問題を扱ったノンフィクションの刊行やドキュメンタリー映画の製作もされている。
 作者は調査関連の仕事に携わり、キューバ政府にスパイ容疑で逮捕されたこともあるとか。小説作品としては『ユダヤ・コレクション』が処女作で高評価されたようだが、今ネットで調べても情報がないので、その後は作家活動はしていないのかも。

(2021.12.1記)
サイモン,ロジャー・L. Simon, Roger Lichtenberg (1943~ *米)
『ペキン・ダック』(1981)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 木村二郎訳 : '89/C
   Peking Duck(1979)
 私立探偵モウゼズ・ワインのシリーズの第3作。ワインは元は反体制運動をしていた過激派学生だったという設定で、この作品では社会主義者の叔母について四人組弾劾のさなかの中国に行ってトラブルに巻き込まれるというもの。元反体制過激派としては、やはり中国は理想の国だったということか。内容あまり覚えていないのだが、米中国交樹立が1979年だからすごいタイムリーな話だったのだな。
 シリーズ第1作の『大いなる賭け』は英国推理作家協会の新人賞を受賞し、映画化もされた。第4作『カリフォルニア・ロール』は日本が舞台で、事前に来日して訳者の人と取材して回ったとか。シリーズはハヤカワ・ポケット・ミステリで出ていたが、7作目は講談社文庫から刊行された(訳者は同じ)。
(2021.12.2記)
デアンドリア,ウィリアム・L. DeAndrea, William Louis (1952~1996*米)
『ホッグ連続殺人』(1981)ハヤカワ・ミステリ文庫 真崎義博訳 : '90/C
   The HOG Murders(1979)
 ニューヨーク州の地方都市で起こる、事故に偽装された連続殺人事件にイタリア人の哲学の教授が挑むというもの。新聞社に殺人予告が届くという大時代的な作りがかえって人気を読んだか、アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞を受賞。のち同じ登場人物を使った続編も書かれた。
 他の作品に、アメリカ探偵作家クラブの新人賞を受賞した処女作『視聴率の殺人』に始まるテレビ局のトラブル処理係マット・コブのシリーズなどがある。1994年には“Encyclopedia Mysteriosa”でアメリカ探偵作家クラブの評論賞を受賞。ミステリ専門書店「マーダー・インク」に勤務していたことがあり、そこでのち結婚するミステリ作家オレイニア・パパゾグロウと出会ったとか。
(2021.12.3記)

1980年代

マクロイ,ヘレン McCloy, Helen (1904~1994*米)
『読後焼却のこと』(1982)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 山本俊子訳 : '90/C
   Burn This(1980)
 処女作『死の舞踏』から続く精神科医ベイジル・ウィリング博士のシリーズの第13作にして作者最後の長編。タイトルが印象的なので読んだのだったが、物書きばかりが住んでいる家で起こる殺人事件を扱っているというのもおもしろそうと思ったような。ネロ・ウルフ賞を受賞している。
 ドッペルゲンガー伝説を取り込んでサスペンスフルな展開を見せるウィリング博士のシリーズ第8作『暗い鏡の中に』が代表作らしい。キャリアの長い作家だが、翻訳に恵まれていないな…と思っていたら、没後再評価されてきたのか近年創元推理文庫などでたくさん刊行されている。ミステリ作家のブレット・ハリデイと結婚したがのち離婚。1950年には女性初のアメリカ探偵作家クラブ会長となった。
(2021.12.4記)
バー=ゾウハー,マイケル Bar-Zohar, Michael (1938~ *イスラエル)
『パンドラ抹殺文書』(1981)ハヤカワ文庫NV 広瀬順弘訳 : '90/C
   The Deadly Document(1980)
 米ソの二重スパイに絡む争いとそれに巻き込まれた女性を巡る物語。実在の人物や実際に起きたミグ25事件などが取り入れられているのは知っている者から見るとより興味深いところか。銃撃戦などのアクションもあり、東西両陣営の欺瞞に満ちた冷戦下の情報戦を楽しむ話。
 バー=ゾウハーはブルガリアに生まれ、のちイスラエルに移住。新聞社の特派員を務めたのち中東戦争に従軍、政府の報道官、大学の政治学の教師、国会議員も務めた。他に、『過去からの狙撃者』『エニグマ奇襲司令』などの小説作品のほか、『モサド・ファイル』といったノンフィクションの著作もある。
(2021.12.5記)
ヴェイリン,ジョナサン Valin, Jonathan (1947~ *米)
『獲物は狩人を誘う』(1983)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田口俊樹訳 : '90/C
   Final Notice(1980)
 シンシナティの私立探偵ハリイ・ストウナーのシリーズ第2作。図書館の美術本の異常な切り取り事件を扱っていて、「図書館が出てくる」「美術ミステリ」として読んだ。殺伐とした?ハードボイルドの作風が合わなかったのか、あんまり印象に残っていない。
 シリーズ第1作となった同じ1980年の『シンシナティ・ブルース』がデビュー作。未訳のシリーズ第8作でアメリカ私立探偵作家クラブ賞シェイマス賞長篇賞を受賞したが、第11作を書いた後はミステリ執筆を離れ、音楽批評の仕事をしているとか。
(2022.1.7記)
エーコ,ウンベルト Eco, Umberto (1932~2016*伊)
『薔薇の名前』(1990)東京創元社 河島英昭訳 : '99/B
   Il Nome della Rosa(1980)
 14世紀のイタリアの修道院を舞台とした歴史ミステリ。重々しい厳粛な感じの修道院、宗派の間での論争と対立、迷宮のような図書館の描写とそこに隠されているという秘密、中世の暗黒面の代名詞のような異端審問、などの中で起こる連続殺人事件。その時代に書かれた手記を手に入れて翻訳して出版したという枠物語の形式をとっている。聖書の知識や歴史的蘊蓄が込められた、重厚で怪し気な雰囲気も漂う、おもしろく読み応えのある物語。主人公の探偵とその助手という推理小説の定型を踏み、ホームズものやアルゼンチンの作家ボルヘスへのオマージュなども散りばめられている。世界的なベストセラーとなってイタリアのストレーガ賞など多くの賞を受賞し、ショーン・コネリー主演で映画化もされた。
 エーコはイタリアの哲学者・記号学者として知られ、『ウンベルト・エーコの文体練習』『記号論』『美の歴史』といった専門的な学術書から児童書まで多くの著作があり、小説では他に『フーコーの振り子』『前日島』などの作品がある。
(2022.1.8記)
サンダーズ,ローレンス Sanders, Lawrence (1920~1998*米)
『無垢の殺人』(1983)ハヤカワ文庫NV 田中義進訳 : '90/B
   The Third Deadly Sin(1981)
 普段は地味な女性が、月に一度派手に「変身」して男を誘い殺すという「冒険」をしている…という<大罪>シリーズの第3作。こう要約すると大変な悪女もののようだが、これは実は悲しい話だ。生理痛がきついとか辛い持病があるとか、そして彼氏いない歴○年、みたいな女性にとっては身につまされる話か。そんな感じで犯人に対して同情的に読んだ話。次第に壊れていく犯人が悲しい。しかし女性のサイコキラー、連続殺人鬼っていうのは、小説でも現実でも珍しいんじゃないかな。
 <大罪>シリーズは1973年の『魔性の殺人』に始まるが、主役のニューヨーク市警の分署長エドワード・X.ディレイニー警部は1970年の長編第1作でアメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞処女長編賞を受賞した『盗聴』にも出てくるとのこと。他の作品に、『汝殺すなかれ』に始まる<十戒>シリーズなどがある。どちらのシリーズも日本ではハヤカワ文庫と徳間文庫で分かれて出ていてわかりにくかったが、「七つの大罪」「十戒」シリーズともに書かれたのは4作のみなのは残念。
(2022.1.9記)
ジェサップ,リチャード Jessup, Richard (1925~1982*米)
『摩天楼の身代金』(1983)文春文庫 平尾圭吾訳 : '83/A
   Threat(1981)
 ニューヨークの高層ビルを「人質」にして身代金を要求するという犯罪小説。犯人にはどうしても大金を必要とする事情があるのだが、成功しちゃって良いのか?と思いつつ、犯人側のいろいろなやり口などがおもしろかったという印象は残っていて、自分の評価がトップクラスだった。斬新な身代金の受け渡し方法ほか彼我の攻防が楽しめる物語。その受け渡し方法を含め細部は忘れてしまったのだが…。一般の評価も高かったようで、「週刊文春」のベストミステリの1983年度の第1位だったとか。
 ジェサップにはリチャード・テルフェア名義で<モンティ・ナッシュ>シリーズを含むスパイ小説の作品があるほか、ジェサップ名義ではスティーヴ・マックイーン主演で映画化された、ポーカー勝負を描いたギャンブル小説『シンシナティ・キッド』などの作品がある。
(2022.1.10記)
プロンジーニ,ビル Pronzini, Bill (1943~ *米)
『脅迫』(1983)新潮文庫 高見浩訳 : '90/C
   Hoodwink(1981)
 主人公の名前が出ない<名無しの探偵>シリーズの第7作。この作品ではパルプ・マガジンの愛好者の大会で密室殺人が起こる。SF大会みたいなものを扱っているのでおもしろいと思って読んだものだったか。アメリカ私立探偵作家クラブ賞シェイマス賞長篇賞を受賞。
 <名無しの探偵>シリーズは30作以上書かれていて主人公の身の回りの変遷も描かれているというが、日本ではシリーズ第1作『誘拐』が新潮文庫で出た後、新潮文庫と徳間文庫などで分かれて出ていてわかりにくかったものの(このころってこういうの多いな)、17作目までは全作出ていた。その後はとびとびに講談社文庫で2作翻訳されているのみとなっている。シリーズのうち5作目はコリン・ウィルコックスと、14作目は妻のマーシャ・マラーとの合作。11作目は短編集。
 プロンジーニは複数のペンネームでSFなどを含め多くの作品を執筆、他作家との合作やアンソロジーの編集も手がけている。

<その他の作品>
 『誘拐』(1977)新潮文庫 高見浩訳 : '89/C
   The Snatch(1971)

(2022.1.26記)
モース,L.A. Morse, L.A. (1945~ *米)
『オールド・ディック』(1983)ハヤカワ・ミステリ文庫 石田善彦訳 : '89/A
   The Old Dick(1981)
 78歳のじいさん探偵が頑張るお話で、作者のデビュー作。ハードボイルド探偵が年をとったら…という、その手の小説のパスティーシュっぽい感じもするユーモアあふれる楽しい物語。チャンドラーを引いたりして、いろいろにやりとさせてくれたりもする。元気な老人が出てくる話ってのは読んでる方も元気になる。まあ元気と言っても走ったりするとすぐ息切れしたりするのだが。アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞を受賞。シリーズ化されてはいないようで残念だが、かつてフィリップ・マーロウ役を演じたロバート・ミッチャム主演でテレビ映画化もされたらしい。
 他の作品に、『ビッグ・ボスは俺がやる』に始まる「普通」のハードボイルドのものの連作がある。映画批評やノンフィクションの著作もあるとか。
(2022.1.27記)
グラフトン,スー Grafton, Sue (1940~2017*米)
『アリバイのA』(1987)ハヤカワ・ミステリ文庫 嵯峨静江訳 : '89/C
   “A”Is for Alibi(1982)
 カリフォルニアの女性私立探偵キンジー・ミルホーンの活躍する<アルファベット・シリーズ>の第1作で、パレツキーのV.I.(ヴィク)とともにこのころの女性探偵ブームを担った作品の一つ。主人公は元警察官の自立した女性だが、ちょっと地味な印象だったかな。この第1作では一昔前の私立探偵ものの男女の役割を逆にしたような構図も描かれる。10年前、私立探偵は「女には向かない職業」と言われていたよなあ。
 『泥棒のB』『探偵のG』でアンソニー賞長編賞とアメリカ私立探偵作家クラブ賞シェイマス賞長編賞をダブル受賞するなど、<アルファベット・シリーズ>で両賞を複数回受賞している。「Y」まで出版されたシリーズは、没後最終巻として予告されていた「Z」が出版されたが、ゴーストライターによるものとして遺族の求めにより販売停止になったとのこと。日本での翻訳は『ロマンスのR』まで。
 グラフトンは小説家としてある程度成功するまでテレビ映画の脚本家もしていて、クリスティ作品を手がけたこともある。アメリカ探偵作家クラブ会長も務めた。
(2022.1.28記)
リューイン,マイクル・Z. Lewin, Michael Zinn (1942~ *米)
『刑事の誇り』(1987)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 田口俊樹訳 : '89/A
   Hard Line(1982)
 インディアナポリス市警のリーロイ・パウダー警部補シリーズ第2作。有能で実直だが、どちらかというとワーカホリック気味で暗い性格の、一人の男を巡る物語。派手な事件は起きず、どこといって盛り上がりのある話じゃないけれど、じわじわとおもしろさのにじみ出てくる話。渋い男の魅力の物語という感じで、この手のものはおもしろく思えるものと敬遠しがちな気分になるものとあるのだが、私にとってはこの作品は前者のタイプだった。ただ現在だと主人公の言動はいろいろ問題があると指摘されてしまうかも。シリーズ第1作も読んだが、この2作目の方がおもしろく感じられた。第3作も邦訳されている。
 リューインには『A型の女』に始まる暴力の嫌いな私立探偵アルバート・サムスンのシリーズがあり、こちらの方が「本流」か。パウダー警部補シリーズはサムスンのシリーズのスピンオフで、シリーズ第1作『夜勤刑事』にはサムスンも出てくる。さらにスピンオフとしてサムスンの恋人のソシアル・ワーカー、アデル・パフィントンが主人公の話もある。他に、作者が移住したイギリスを舞台にしたルンギ探偵社のシリーズ、のら犬の視点からの短編集などの作品がある。

<その他の作品>
 『夜勤刑事』(1984)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 浜野サトル訳 : '90/B
   Night Cover(1976)
 『A型の女』(1978)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 皆藤幸蔵訳 : '89/B
   Ask the Right Question(1971)

(2022.1.29記)
ブリーン,ジョン・L. Breen, Jon Linn (1943~ *米)
『巨匠を笑え』(1984)ハヤカワ・ミステリ文庫 小鷹信光他訳 : '90/C
   Hair of the Sleuthhound(1982)
 巨匠の作品のパロディ・パスティーシュを収録した短編集。日本版では何編か割愛して全20編になっている。収録作は、エド・マクベイン風の「混みあった時」、エラリイ・クイーン風の「リトアニア消しゴムの秘密」、ヴァン・ダイン風の「サークル家殺人事件」、ディック・フランシス風の「重傷」、アガサ・クリスティー風の「二〇一〇年のポアロ」など。タイトルからしてそれっぽくしてある。
 他の作品に、『落馬』に始まる巨体の競馬アナウンサー、ジェリー・ブローガンの活躍するシリーズや、レイチェル・ヘニングスという古本屋探偵のシリーズなどがある。
(2022.1.30記)
パレツキー,サラ Paretsky, Sara (1947~ *米)
『サマータイム・ブルース』(1985)ハヤカワ・ミステリ文庫 山本やよい訳 : '89/B
   Indemnity Only(1982)
 シカゴの女性私立探偵V.I.ウォーショースキー(ヴィク)の活躍するシリーズの第1作で、グラフトンのキンジー・ミルホーンとともにこのころの女性探偵ブームを担った作品の一つ。主人公は元弁護士で、他人に依存することを嫌い、空手や射撃も得意というタフな肉体派で格好良く仕事のできるタイプだが、家事は手抜きするなどの等身大の女性として描かれ人気を博した。読むと元気になる系の話。
 ヴィクのシリーズは短編集1冊を含め20作以上書き継がれているが、翻訳は19作目まで、と思っていたら再開したようだ。その日本版ではシリーズ各冊のタイトルはカタカナだがしばしば原題そのままではないところにひねりがあって、表紙絵が江口寿史なのもしゃれていて良い(と思っていたら変わってしまったようだ)。
 パレツキーはミステリ分野での女性の地位向上を目指す団体「シスターズ・イン・クライム」の設立メンバーで初代会長を務めた。『ウーマンズ・アイ』『ウーマンズ・ケース』といった女性ミステリ作家の作品を集めたアンソロジーの編集も手がけている。2002年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞。

<その他の作品>
 『レイクサイド・ストーリー』(1986)ハヤカワ・ミステリ文庫 山本やよい訳 : '90/B
   Deadlock(1984)

(2022.1.31記)
ディーン,S.F.X. Dean, S.F.X. ( ~ *米)
『愛と悲しみの探偵』(1988)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 大社淑子訳 : '90/C
   By Frequent Anguish(1982)
 大学教授ニール・ケリーのシリーズの第1作。妻に先立たれた大学教授が、友人の娘で教え子、そして婚約者でもあった女性が殺されるという悲しい事件を追うという物語。「(大学)図書館で起きた殺人」というので引っかかったのかもしれないが、「図書館で」というより「大学で」という話だったか。美しい文体も注目されて賞の候補になった。シリーズのその後の作品『別れの儀式』は、日本では『愛と悲しみの探偵』より先に出版されている。さらに続編もあるようだが翻訳はされていない。
 ディーンは本名をフランシス・スミスといい、大学の研究者として学部長を務めた経験を小説に生かしているとのこと。
(2022.2.1記)
マーフィー,ウォーレン Murphy, Warren (1933~2015*米)
『二日酔いのバラード』(1985)ハヤカワ・ミステリ文庫 田村義進訳 : '90/B
   Two Steps from Three East(1983)
 酔いどれの保健調査員トレース(デヴリン・トレーシー)を主人公としたシリーズの第1作。ジョークを飛ばしながらいやいや調査をする主人公という、軽いノリのユーモア・ミステリで読んでいて楽しい。タイトルが印象的な(そのためこちらを先に読んだ)第4作『豚は太るか死ぬしかない』でアメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞を受賞。シリーズは1987年の第7作『愚か者のララバイ』で完結した。日本版の表紙絵は吉田秋生が手がけている。
 ウォーレン・マーフィーは、リチャード・サピアとの合作で凶悪犯罪に対処する秘密組織の活動を描く〈デストロイヤー・シリーズ〉(いやしかし警官を無実の罪で処刑して蘇生させて…って設定すごいな)を執筆していた。妻のモリー・コクランとの合作もあり、ファンタジーとスパイ小説を融合させたという『グランドマスター』ではアメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞を受賞した。いろいろなタイプの話を書いている、エンターテインメント作家ということかな。

<その他の作品>
 『豚は太るか死ぬしかない』(1987)ハヤカワ・ミステリ文庫 田村義進訳 : '89/B
   Pigs Get Fat(1985)

(2022.2.2記)
ゴズリング,ポーラ Gosling, Paula (1939~ *米)
『赤の女』(1984)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 秋津知子訳 : '89/C
   The Woman in Red(1983)
 スペインを舞台にイギリス領事館員がゴヤの贋作に絡む殺人事件を追うという「美術ミステリ」として読んだが、あまり印象に残らなかったなあ。「赤の女」って何だったっけ。ゴヤの絵のモチーフ?
 1978年の処女作『逃げるアヒル』では、殺人を目撃してしまった女性を守る元狙撃兵の刑事と殺し屋のスリリングな対決を描き、英国推理作家協会最優秀新人賞を受賞。シルヴェスター・スタローン主演およびウィリアム・ボールドウィン主演で2回映画化されたが、どちらもかなり違う話になっているようだ。ストライカー警部補のシリーズ第1作の警察小説『モンキー・パズル』では英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞。
 多彩な作品を描くゴズリングはアメリカの生まれだがイギリスに移住して作家活動を行い、英国推理作家協会の会長も務めた。
(2022.2.3記)
ハリス,ウィル Harriss, Will (1922~ *米)
『殺人詩篇』(1985)ハヤカワ・ミステリ文庫 斎藤数衛訳 : '90/B
   The Bay Psalm Book Murder(1983)
 ベトナム戦争従軍後、大学の英文学の教授を務めるクリフ・ダンバーのシリーズ第1作。殺された図書館員が門外不出の稀覯本を持っていたという謎を、主人公が書誌学の知識を利用して追うというもの。「古書ミステリ」として、古書をはじめ本の装丁や印刷などについての蘊蓄もあって、そのへんが楽しめるかどうかがこの本をおもしろく思えるかを左右しているとか。細かい内容はあまり覚えてないけど、私は割と楽しめたと思う。アメリカ探偵作家クラブの新人賞を受賞。日本版の表紙絵は安西水丸が手がけた。
 ウィル・ハリスはシンクタンクに勤めながら小説や脚本を執筆。ダンバー教授のシリーズは他に『アンティークな殺人』が訳されていて、第3作もあるようだが未訳。

<その他の作品>
 『アンティークな殺人』(1987)ハヤカワ・ミステリ文庫 斎藤数衛訳 : '91/B
   Timor Martis(1986)

(2022.2.4記)
エルキンズ,アーロン Elkins, Aaron (1935~ *米)
『暗い森』(1991)ミステリアス・プレス文庫 青木久惠訳 : '91/A
   The Dark Place(1983)
 スケルトン探偵ことギデオン・オリヴァー教授のシリーズの第2作。大学の人類学の教授が毎回違う場所で殺人事件に出くわし(そのうち警察から捜査の協力を依頼されたりも)、「もっと古くなった骨が専門なのに」などとぼやきながら活躍するというシリーズ。1作のうち1回は危険な目に遭ったりもする。専門知識を生かした推理のおもしろさや恋愛模様、風光明媚な舞台の描写なども楽しめる。原書が刊行された順に訳されておらず、少し毛色が異なるというシリーズ1作目も未訳なので、翻訳では『暗い森』がいちばん初期の作品になる。モン・サンミッシェルを舞台として日本では最初に訳された4作目の『古い骨』で、アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長編賞を受賞。10作目まで刊行されたあとミステリアス・プレス文庫終了によって4作目までハヤカワ・ミステリ文庫で再刊し、新しく11~17作目まで刊行されたが5~10作目は再刊されなかった。今でもおもしろいと思うんだけど、再刊はあまり売れなかった?(18作目もあるようだが未訳。)
 他の作品に、『偽りの名画』に始まる学芸員クリス・ノーグレンが主人公の美術ミステリのシリーズ、妻のシャーロット・エルキンズとの合作の<プロゴルファー リーの事件スコア>シリーズなどがある。

<ギデオン・オリヴァー>シリーズ ミステリアス・プレス文庫
 『断崖の骨』(1992) 青木久惠訳 Murder in the Queen's Arms(1985) : '93/A
 『古い骨』(1989) 青木久惠訳 Old Bones(1987) : '90/A
 『呪い!』(1990) 青木久惠訳 Curses !(1989) : '90/A
 『氷の眠り』(1993) 嵯峨静江訳 Icy Clutches(1990) : '93/A
 『遺骨』(1994) 青木久惠訳 Make No Bones(1991) : '94/A
 『死者の心臓』(1996) 青木久惠訳 Dead Men's Hearts(1994) : '96/A
 『楽園の骨』(1997) 青木久惠訳 Twenty Blue Devils(1997) : '99/A
 『洞窟の骨』(2000) 青木久惠訳 Skelton Dance(2000) : '01/A
<ギデオン・オリヴァー>シリーズ ハヤカワ・ミステリ文庫
 『骨の島』(2005) 青木久惠訳 Good Blood(2003) : '08/A
 『水底の骨』(2007) 嵯峨静江訳 Where There's a Will(2005)
 『骨の城』(2008) 嵯峨静江訳 Unnatural Selection(2006)
 『密林の骨』(2008) 青木久惠訳 Little Tiny Teeth(2007)
 『原始の骨』(2009) 嵯峨静江訳 Uneasy Relations(2008)
 『騙す骨』(2010) 青木久惠訳 Skull Duggery(2009)
 『葡萄園の骨』(2014) 嵯峨静江訳 Dying on the Vine(2012)
<クリス・ノーグレン>シリーズ ミステリアス・プレス文庫 秋津知子訳
 『偽りの名画』(1991) A Deceptive Clarity(1987) : '92/B
 『一瞬の光』(1993) A Glancing Light(1991) : '94/B
 『画商の罠』(1995) Old Scores(1993) : '95/B
<その他の作品>
 『略奪』(2001)講談社文庫 笹野洋子訳 : '01/B
   Loot(1999)

(2022.2.5記)
ローゼン,リチャード Rosen, Richard Dean (1949~ *米)
『ストライクスリーで殺される』(1987)ハヤカワ・ミステリ文庫 永井淳訳 : '87/C
   Strike Three You're Dead(1984)
 大リーグの野球選手ハーヴェイ・ブリスバーグが、同僚の投手がロッカールームで殺された事件を追うという物語。野球を扱ったスポーツ・ミステリと言えばロバート・B.パーカーの『失投』があるが、こちらはより直接的に現役の野球選手が探偵というもので、球界の内部事情なども描かれていて興味深い。アメリカ探偵作家クラブの新人賞を受賞。シリーズ化され、第2作は選手を引退して私立探偵になったハーヴェイが、今度はバスケット界の事件に迫るというもの。第3作はテレビ業界の話のようだが、その後はまたスポーツ界の話に戻っているらしい(邦訳は第3作まで)。
 ローゼンはテレビ・キャスターとしての仕事やスポーツについてのノンフィクション執筆の仕事もしている。
(2022.2.6記)
マクナブ,トム Macnab, Tom (1933~ *英)
『遙かなるセントラル・パーク』(1984)文藝春秋 飯島宏訳 : '91/B
   Flanagan's Run(1982)
 副題が「大陸横断ウルトラマラソン」。その名の通りロサンゼルスからニューヨークまで、アメリカ大陸を横断する長距離レースが題材。1930年という時代設定なので、怪しい栄養ドリンクみたいなの飲んだりするような、今だったらドーピングでアウトでは?の描写もあり。賞金レースなのでいろいろな思惑も絡む。ピーター・ラヴゼイの『死の競歩』と違って殺人とかは起きなかったと思うので、厳密にいえば「ミステリ」でも「冒険小説」でもないかもしれないが、様々な参加者の人間模様がおもしろく読ませる話。初訳から30年後の2014年に復刊されたようだが、何かきっかけがあったのかな?
 マクナブは陸上の選手やコーチの経験もあって、映画「炎のランナー」の技術指導顧問も務めたとか。他の作品に『速い男に賭けろ』などがある。
(2022.2.7記)
ラングトン,ジェーン Langton, Jane (1922~2018*米)
『エミリー・ディキンスンは死んだ』(1999)ミステリアス・プレス文庫 鈴木啓子訳 : '99/B
   Emily Dikinson Is Dead(1984)
 元刑事でハーバード大学のホーマー・ケリー教授のシリーズのうちの1作。詩人エミリー・ディキンスンのシンポジウムで起きる写真の真偽論争、学生失踪、殺人などの事件を描く。文学ミステリとして読んでみたもの。エミリー・ディキンスンの詩には全然造詣深くないけど、ユーモアもあっておもしろく読めたと思う。ネロ・ウルフ賞を受賞。
 他に同じシリーズの『消えたドードー鳥』が訳されたが、あまり評判にならなかったのか2000年の目録にも残ってないな…。文学・美術・博物館的なものが扱われていておもしろそうだったのだが、シリーズの続きを含め、ハヤカワ・ミステリ文庫に移ることもなく消えたようなのは残念。
 ラングトンは児童文学や絵本も手がけていて、『大空へ』でニューベリー賞を受賞している。

<その他の作品>
 『消えたドードー鳥』(1999)ミステリアス・プレス文庫 和泉晶子訳 : '00/B
   Dead as a Dodo(1996)

(2022.2.8記)
クィネル,A.J. Quinnell, A.J. (1940~2005*英)
『血の絆』(1985)新潮文庫 大熊栄訳 : '90/C
   Blood Ties(1984)
 息子が海難事故死したと聞かされた母親が、元税官吏の男のヨットでその他2名とともに息子を探すという物語。帆走経験もない寄せ集めのメンバーが船の故障や嵐を乗り越え「絆」を深めていき、アクションもあるという海洋冒険小説。解説目録には「特殊な血液型の息子」とあるのだが、それが息子の誘拐?に関係しているんだったか。感想を見てみると好評なのと今一つなのとがあるが、自分としては後者の方だったかも。
 フィリップ・ニコルソンという作家の別名義で、スパイ小説や冒険小説、ノンフィクションなどを執筆する覆面作家として活動していた。クィネルとしての処女作は、元傭兵のクリーシィが主人公の『燃える男』で、シリーズ化されている。こっちは話の発端が辛そうで読んでいない。
(2022.2.9記)
コーカー,キャロリン Coker, Carolyn (1925~ *米)
『ミケランジェロのだまし絵』(1985)文春文庫 山田順子訳 : '89/A
   The Other David(1984)
 イタリアのフィレンツェを舞台に、ミケランジェロの幻の絵の発見・盗難が繰り返され、その度に人が殺され絵の真贋が逆転するという事態が起こり…という物語。タイトルと解説目録の内容紹介につられて読んだが、美術品や美術館が単なる小道具としてではなく出てくる本格的な美術ミステリで、ミステリとしてはそれほどでは…という感想も見かけたが、私はなかなかおもしろく読めた。ちょっとカニグズバーグの『クローディアの秘密』を思い出したりしたが、訳者あとがきにあげてある美術ミステリの中にも入っていた(ここにあげてある8作のうち6作は読んだぞ)。
 コーカーはテレビ業界で働いていて小説はこの作品が処女作だったそうだが、その後はどうしたのかな。同様の作品があったとしても訳されていないようで残念。
(2022.2.10記)
リー,スタン Lee, Stan (1922 ~ *米)
『ライブラリー・ファイル』上・下(1989)創元ノヴェルズ 島田三蔵訳 : '90/C
   Dunn's Conundrum(1985)
 まだソ連や東ドイツがあった時代の、スパイや諜報機関が暗躍する国際謀略小説。「ライブラリー」といっても図書館じゃなくて諜報機関なんだけど、その名称にちょっと引っかかったかも。「ゴミ」を徹底分析するシーンが出てきたような。東京創元社が1989~2000年に出していた冒険小説系の文庫レーベル、創元ノヴェルズで唯一読んだもの。創元ノヴェルズは最初は文庫目録のトップにあったがそのうち後ろになり、2002年を最後に消えた。『ライブラリー・ファイル』は最初から最後まで載っていた作品の一つ。
 他の作品に『ゴッド・プロジェクト』がある。スタン・リーは、エンジニアなどを経てSFも書いていたとか。同名でマーベル・コミックの原作や編集などを務めた人がいるが別人と思われる(生年はそっちの人のかも)。
(2022.3.13記)
ワーガ,ウェイン Warga, Wayne (1938~1994*米)
『盗まれたスタインベック』(1988)扶桑社ミステリー 村山汎訳 : '90/C
   Hardcover(1985)
 記者として海外を回っていた経験のある古書店主の主人公が、自分の愛蔵書だったスタインベックの初版本についての謎を追うという、このころよく読んでいた「古書ミステリ」の一つ。古書業界の裏話がいろいろ盛り込まれているというが、自分としては今一つだったようで、内容覚えてないな。作者の処女作で、アメリカ私立探偵作家クラブ賞シェイマス賞新人賞を受賞。
 ワーガはジャーナリストやライターとして活動していて、伝記やノンフィクションの著作もある。趣味に古書収集もあるとのこと。
(2022.3.19記)
ライト,L.R. Wright, Laurali Rose (1939~2001*加)
『容疑者』(1986)二見文庫 山田順子訳 : '90/B
   The Suspect(1985)
 カナダ騎馬警察隊のカール・アルバーグ主任部長刑事のシリーズ第1作であり、作者の処女作。倒叙もので、そこそこおもしろかったと思うのだが、内容覚えてないな。表紙がしゃれていて、イメージは良かった。アメリカ探偵作家クラブ賞エドガー賞長篇賞を受賞。サンケイ文庫創刊から半年後に創刊された二見文庫の創刊ラインナップの一つ。二見文庫は今では時代小説やロマンスものなどいろいろあるようだが、その中の「ザ・ミステリ・コレクション」という翻訳ミステリのレーベルで、背表紙は白地で上部に青で「23」のロゴ、帯は黒とメリハリがあって、装幀は格好良い。アルバーグ刑事シリーズは、ともにカナダ推理作家協会のアーサー・エリス賞を受賞した『死者に贈るララバイ』『一月の冷たい雨』も翻訳された。
 ライトは児童劇団の女優、ジャーナリストなどとして働いていたとか。
(2022.3.18記)
リチャードソン,ロバート Richardson, Robert (1940~ *英)
『誤植聖書殺人事件』(1988)サンケイ文庫 小沢瑞穂訳 : '90/C
   The Latimer Mercy(1985)
 大聖堂から盗まれた16世紀の誤植聖書の行方を追う話というので、「古書ミステリ」として読んでみたものだと思うが、うーんどんな話だったか覚えてないなあ。誤植聖書「ラティマー・マーシー」って実在のものなのか? 英国推理作家協会最優秀新人賞を受賞。1986~1988年に翻訳のミステリや冒険小説を出していた文庫レーベル、サンケイ文庫で出たもの。サンケイ文庫はのち版元のサンケイ出版が扶桑社と合併して扶桑社ミステリーとなり(装幀はサンケイ文庫の方が好き)、引き継がれた作品もあるが、この作品は引き継がれなかったようだ。
 リチャードソンは1960年代からジャーナリストとして活動していたとのこと。
(2022.3.14記)
ジュースキント(ズュースキント),パトリック Süskind, Patrick (1949~ *独)
『香水―ある人殺しの物語』(1988)文藝春秋 池内紀訳 : '91/B
   Das Parfum(1985)
 18世紀、異常に嗅覚が鋭く香水調合師になった男が、至高の香りを求める果てに少女殺しに…という物語。ミステリでも冒険小説でもないかな?と思ったが、副題にもある通り「人殺しの物語」で「犯罪小説」と言えるので。当時の世相や香水の世界などを知らなくても読ませるおもしろい小説。主人公の特殊性というか異様な雰囲気から、いわゆるファンタジーではないけれど、世界幻想文学大賞を受賞したのもうなずける。各国語に訳され世界的なベストセラーになったという。表紙には原書と同じヴァトーの絵「ユピテルとアンティオペ」の左側の部分が使用されている。2006年になって「パフューム ある人殺しの物語」として映画化された。
 ジュースキントはメディア取材を好まないとのことだが、劇作家・脚本家としても活動し、ドイツ映画アカデミーの創設メンバーの一人でもあるとか。他の作品に『コントラバス』『ゾマーさんのこと』などがある。
(2022.4.22記)
スミス,イーヴリン・E. Smith, Evelyn E. (1927~2000*米)
『ミス・メルヴィルの後悔』(1989)ミステリアス・プレス文庫 長野きよみ訳 : '89/B
   Miss Melville Regrets(1986)
 上流階級出身だが今はしがない画家の「オールド・ミス」スーザン・メルヴィルが、ひょんなことから殺し屋になってしまい…というユーモア・ミステリ。いやいくらなんでもそれは…と思うが読んでて楽しい物語。お金がないのでタダ飯を目的にパーティーに潜り込んだりもする。中年の「オールド・ミス」と言ってもミス・メルヴィルには長年つきあっている恋人がいるので、日本的なイメージとは少し違うかな。シリーズは4作ミステリアス・プレス文庫で出た後、ハヤカワ・ミステリ文庫で再刊された。カバー絵は漫画家のさべあのま。再刊分は1作目を除き描き直されている。少し若い感じにした?
 1950年代から「もう一人のE.E.スミス」としてSF作品を書いていたというが、日本では短編1編くらいしか翻訳されていない。クロスワード・パズルの編集者でもあった。海外のデータだと生年が1922年なんだが?

<ミス・メルヴィル>シリーズ ミステリアス・プレス文庫 長野きよみ訳
 『帰ってきたミス・メルヴィル』(1989) Miss Melville Returns(1987) : '90/B
 『ミス・メルヴィルの復讐』(1991) Miss Melville's Revenge(1989)
 『ミス・メルヴィルの決闘』(1992) Miss Melville Rides a Tiger(1991)

(2022.4.14記)
ホーヴィング,トマス Hoving, Thomas (1931~2009*米)
『名画狩り』(1989)文春文庫 田中靖訳 : '89/B
   Masterpiece(1986)
 ベラスケスの幻の名画を巡って、ワシントンにあるナショナル・ギャラリーの館長アンドルー・フォスターとニューヨークにあるメトロポリタン美術館の館長代理のオリヴィア・カートライトの二人を主人公に、世界中の有名美術館を巻き込む美術界のごたごたを描く物語。美術館勤務の作者の体験を生かした「美術ミステリ」として読んだが、恋愛やサスペンスもあり、小説として普通に楽しめる作品だった。同じコンビで続編もあるというが、翻訳はされていないようだ。
 ホーヴィングは36歳でメトロポリタン美術館の館長となって11年務めた。在任中の活動ぶりが「強引なほどの辣腕」などと『名画狩り』のカバーの著者紹介には書いてあるぞ。美術品を巡る美術館業界の内幕や、美術館と贋作者との駆け引きを描いた、ミステリさながらのノンフィクションの著作があり、『ツタンカーメン秘話』『謎の十字架』などが翻訳されている。

<その他の著作>
 『謎の十字架』(1986)文藝春秋 田中靖訳 : '90/B
   King of the Confessors(1981)

(2022.3.22記)
ルエル,パトリック Ruell, Patrick (1936~2012*英)
『長く孤独な狙撃』(1987)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 羽田詩津子訳 : '90/A
   The Long Kill(1986)
 風光明媚な湖水地方を舞台に、暗殺者としてのキャリアから引退を決意したとある狙撃手が、田舎に家でも買って落ち着こうとし、素敵な女性にも出会うが…という出だし(自分の感想文ではこうなっているのだが、目録の解説には暗殺の仕事の標的が恋人の父親だった、てあるなあ。「引退」は決意しただけでまだ「最後の仕事」が残っていたってことだったっけ。好きな作品としてランクAなのに忘れてるなあ…)。美しい物語だが、悲しい男のドラマ、と言える話。「男の物語」としては、私的には「当たり」だったもの。
 パトリック・ルエル名義では他に、亡き夫の謎を探る女性のサスペンス『眠りネズミは死んだ』がある。
 レジナルド・ヒルとして一般には知られていて、そちらの名義の<アンドルー・ダルジール警視>シリーズ(本当は「ダルジール」ではなく「ディーエル」と発音するらしい)の『社交好きの女』でデビューした。日本ではシリーズ第2作『殺人のすすめ』が先に翻訳されるなど順番に訳されておらず、未訳の作品もあるが、第11作の『骨と沈黙』で英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞を受賞。イギリスではテレビドラマ化されている。ダルジール警視の相棒のパスコー部長刑事(のち警部)が主人公の話もある。1995年には英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞した。

<その他の作品>
 『眠りネズミは死んだ』(1988)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 羽田詩津子訳 : '89/B
   Death of a Dormouth(1987)
 『殺人のすすめ』(1980)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 秋津知子訳 : '90/B
   An Advancement of Learning(1971)※レジナルド・ヒル名義

(2022.3.23記)
ワインマン,アーヴィング Weinman, Irving (1937~ *米)
『警視シュワーツ 名画殺人事件』(1988)光文社文庫 小林宏明訳 : '90/C
   Tailor's Dummy(1986)
 美術ミステリだな?と思って読んだのだと思うけど、この話の感想やレビュー探してたら「官能小説かと思った」的な酷評が出てきて、そこまでの話だったっけ。腐敗したニューヨークの美術界が出てくるらしい。ニューヨークの美術界ってやっぱりそんな感じ? 警視シュワーツのシリーズとして3作翻訳されているので(3作目は警察をやめて私立探偵になっているというので「警視シュワーツ」じゃないけどシリーズ名にしちゃったからなあ)、そこそこ人気あったのでは?
 ワインマンは大学講師などをしていて、『警視シュワーツ 名画殺人事件』が遅いデビュー作だとか。
(2022.4.13記)
マクラム,シャーリン McCrumb, Sharyn (1948~ *米)
『暗黒太陽の浮気娘』(1989)ミステリアス・プレス文庫 浅羽莢子訳 : '90/B
   Bimbos of the Death Sun(1987)
 地方SF大会開催中のホテルで、作品の人気はあるが人間的には問題のある作家が殺されるという事件を、工学部教授で新進のSF作家となった主人公が追う、ミステリだがSF・ファンタジーの読者の方が楽しめるかな?という設定の物語。D&DのゲームやSF・ファンタジーの作品ネタ、コスプレだの替え歌だのというファンの「生態」などがいろいろ出てきてにやりとさせられる。原書のタイトルの「死の太陽の白痴美人」は作中に出てくる主人公の作品名と同じで、原書表紙もその描写通りにたくましい毛皮ビキニの女がコンピュータにまとわりついている絵だったそうだ。とある科学理論を小説化したハードSFなのになぜかそんなことに…という皮肉なのだが、日本版の表紙はそういう「冒険」はしなかったようだ。アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞を受賞。SFの方のネビュラ賞候補にもなったとか。続編もあるが翻訳されていないのは残念。
 他の作品に、保安官を探偵役にアパラチア山脈の歴史を題材としている<バラッドシリーズ>などがあり、第3作『丘をさまよう女』でアンソニー賞、ネロ・ウルフ賞、アガサ賞などの賞を受賞した。
(2022.4.15記)
ハート,キャロリン・G. Hart, Carolyn Gimpel(1936~ *米)
『舞台裏の殺人』(1991)ミステリアス・プレス文庫 青木久恵訳 : '22/C
   Something Wicked(1988)
 ミステリ専門書店を営む女性アニー・ローランスを主人公にした、コージー・ミステリのシリーズの1作。地元の素人演劇の稽古のさなか、細かいトラブルから遂に殺人に発展する話。主人公がなんか軽率で落ち着きがない感じで、あんまり好きになれなかったなあ。あと婚約者のお母さんが…。いくら彼氏が魅力的でも、こういう人と身内になるってちょっと考えちゃわないか? 次巻読めばすっきりする? 話のキーになる同性愛、当時の偏屈な女性のイメージだったとしたら、現在ならこうは出せないかな。ミステリ作家や作品の蘊蓄がいろいろ出てくるのは楽しく、日本版では巻末にそのガイドがついているのは便利。アンソニー賞、アガサ賞を受賞。日本ではこれがシリーズ第1作として出たが、実は第3作。この後11作目までは訳されているが、第1作・第2作は未訳。
 他の作品に<ヘンリー・O>シリーズなどがある。「シスターズ・イン・クライム」の会長も務めた。
(2022.4.18記)
ハリス,トマス Harris, Thomas (1940~ *米)
『羊たちの沈黙』(1989)新潮文庫 菊池光訳 : '22/C
   The Silence of the Lambs(1988)
 猟奇殺人事件の犯人を追うサイコ・スリラー。その犯人ももちろん無気味なのだが、やはりこの物語で最も印象深いのは、主人公のFBI訓練生に助言を与える役の、元精神科医レクター博士だろう。ホラー小説の賞であるブラム・ストーカー賞を受賞しているが、超自然的なことが起こるわけではなく、犯人やレクター博士がやっていることは合理的に説明されている。そういう意味ではホラーではないが、グロテスクな描写もあるのでその手が苦手な人にはおすすめできないかな。
 1988年に出版された話なので「テレックス」などとあるのが時代だなあ。あと旧訳版で読んだので、「テイプ」「ブーティーク」「キャット・フッド」などといった表記がちょっと気になった。レクター博士のファースト・ネームが人食いを表す「カニバル」にかけて「ハニバル」なのは新訳では「ハンニバル」に合わせてあるようだ。  ジョディ・フォスター主演の映画を先に観た。レクター博士役はアンソニー・ホプキンスで「怪演」などと言われているが、原作では小柄とされているんだな。ともにアカデミー賞の主演女優/男優賞を受賞。
 この前日譚として『レッド・ドラゴン』があり、後日譚に『ハンニバル』、レクター博士の生い立ちを描いた『ハンニバル・ライジング』がある。レクター博士がどういう育ちをしたか作者も気になったか。

<その他の作品>
 『レッド・ドラゴン』上・下(1989)ハヤカワ文庫NV 小倉多加志訳
   Red Dragon(1981)
 『ハンニバル』上・下(2000)新潮文庫 高見浩訳
   Hannibal(1999)
 『ハンニバル・ライジング』上・下(2007)新潮文庫 高見浩訳
   Hannibal Rising(2006)

(2022.4.16記)
ワトスン,ピーター Watson, Peter (1943~ *英)
『まやかしの風景画』(1999)ミステリアス・プレス文庫 田中靖訳 : '99/B
   Landscape of Lies(1989)
 画廊主の元に持ち込まれた一枚の風景画に隠されているという財宝の在りかを探る物語。図像学がキーとなっているようなのでおもしろそうと読んだものだったと思うが、どんな感じだったっけ。本にはその絵が挿絵として入っているとのことだが、原書のものだったか翻訳での工夫だったのか忘れてしまったなあ。ロマンスやサスペンスもあって、美術ミステリとしてそこそこおもしろかったと思う。単行本で出た後ミステリアス・プレス文庫に入ったが、その後再刊はされていないようなので残念。
 他に、ヴァチカンの美術財宝を巡るサスペンス小説『引き裂かれたヴァチカン』、英国推理作家協会賞の犯罪実話賞を受賞したローマ法皇庁のスキャンダルを暴露したノンフィクションなどの著作がある。
(2022.4.19記)
デイヴィス,リンゼイ Davis, Lindsey (1949~ *英)
『白銀の誓い』(1998)光文社文庫 伊藤和子訳 : '05/A
   The Silver Pigs(1989)
 「密偵」マルクス・ディディウス・ファルコが主人公の、ローマ時代の一人称ハードボイルド私立探偵もの?という歴史ミステリの第1作。歴史ものだが人間の内面的な描写は現代的。しぶといけどちょっと冴えない主人公と勝気なお嬢様とのロマンスや、主人公の家族や友人らとの人間模様もおもしろい。七階建てのアパートとかローマ時代の生活や諸制度などもいろいろ出てきて興味深い。ローマでは奴隷じゃなくても身分差ってあるんだな。恋人とのその身分差を埋めるためにも主人公は頑張る。地元ローマと外地が変わりばんこに舞台になることが多く、ローマ帝国内各地の当時の状況がわかるのもおもしろい。ウェスパシアヌス帝って在位10年くらいなんだけど、完結まで皇帝やってられる? 第10作の『獅子の目覚め』で歴史ミステリが対象の英国推理作家協会賞エリス・ピーターズ賞を受賞。読んでて楽しいシリーズだったが、あと3作だったのに翻訳止まっちゃってて、カドフェル再刊してくれた光文社文庫さん、今からでも頼みますよ~。
 ファルコの養女フラヴィア・アルバが活躍する新シリーズもあるらしい。2011年に英国推理作家協会の功績賞であるダイヤモンド・ダガー賞を受賞。

<密偵ファルコ>シリーズ 光文社文庫
 『青銅の翳り』(1999) 酒井邦秀訳 Shadows in Bronze(1990) : '05/A
 『錆色の女神』(1999) 矢沢聖子訳 Venus in Copper(1991) : '05/A
 『鋼鉄の軍神』(2000) 田代泰子訳 The Iron Hand of Mars(1992) : '05/A
 『海神の黄金』(2001) 矢沢聖子訳 Poseidon's Gold(1993) : '06/A
 『砂漠の守護神』(2003) 田代泰子訳 Last Act in Palmyra(1994) : '06/A
 『新たな旅立ち』(2003) 矢沢聖子訳 Time to Depart(1995) : '06/A
 『オリーブの真実』(2004) 田代泰子訳 A Dying Light in Corduva(1996) : '06/A
 『水路の連続殺人』(2004) 矢沢聖子訳 Three Hands in the Fountain(1997) : '06/A
 『獅子の目覚め』(2005) 田代泰子訳 Two for the Lions(1998) : '07/A
 『聖なる灯を守れ』(2005) 矢沢聖子訳 One Virgin Too Many(1999) : '07/A
 『亡者を憐れむ詩』(2006) 田代泰子訳 Ode to a Banker(2000) : '07/A
 『疑惑の王宮建設』(2006) 矢沢聖子訳 A Body in the Bath House(2001) : '07/A
 『娘に語る神話』(2007) 田代泰子訳 The Jupiter Myth(2002) : '07/A
 『一人きりの法廷』(2007) 矢沢聖子訳 The Accusers(2003) : '08/A
 『地中海の海賊』(2008) 矢沢聖子訳 Scandal Takes a Holiday(2004) : '10/A
 『最後の神託』(2009) 矢沢聖子訳 See Delphi and Die(2005) : '10/A

(2022.4.20記)

1990年代

ペイジ,キャサリン・ホール Page, Katherine Hall (1947~ *米)
『待ち望まれた死体』(1996)扶桑社ミステリー 沢万里子訳 : '01/B
   The Body in the Belfry(1991)
 料理の名人フェイス・フェアチャイルドを主人公にしたコージー・ミステリのシリーズ第1作。ニューヨークの都会育ちで仕出し料理の店を開いていた元気な主人公が、結婚してニューイングランドの片田舎で殺人事件に遭遇し…という物語。本の内容説明文に「仕出し料理」とあったけど、「ケータリング」や「デリバリー」とはイコールじゃないらしいので、厳密に言うとどれだったのかな。「ケータリング」とかはまだ一般的じゃなかった? アガサ賞最優秀処女長編賞を受賞。レシピ付きでおいしそうな料理で楽しませるシリーズ。シリーズは10作以上書かれているが翻訳は7作で止まっている。最初に訳された第1作はともかく、今のところ最後に訳された『スープ鍋につかった死体』の表紙が他と同じようにイラストではないのはどうしてかな。
(2022.4.21記)
ダニング,ジョン Dunning, John (1942~ *米)
『死の蔵書』(1996)ハヤカワ・ミステリ文庫 宮脇孝雄訳 : '99/B
   Booked to Die(1992)
 稀覯本取引に絡む「古本掘出し屋」(日本でいう「せどり屋」?)の殺人事件を、古書好きの警官が追うという話で、クリフォード・ジェーンウェイが主人公のシリーズ第1作となった。いろいろ出てくる古書の蘊蓄がおもしろく、「古書ミステリ」もとい「古書ハードボイルド」(?)として内外の本好きに受けたようで、ネロ・ウルフ賞を受賞している。忘れていたけど主人公がこの第1作の半ばで警察を辞めて古書店主になってしまうのはちょっと驚き。そういうのは話のラストか次作の冒頭ではないのか。日本版のカバーは革装本を思わせる柄になっていたりして微妙に凝ってる?
 ダニングは1970年代からミステリ作家として活動をしていたが、出版社とのトラブルなどで一時執筆を休止し、10年程古書店を営んでいたらしい。シリーズ第2作『幻の特装本』は3年後に出たが、作者がマンネリが嫌いなためか、第3作までにはまた10年程あいている。その後第5作まで刊行されている。シリーズ外の処女作『封印された数字』なども翻訳されたが、ちょっと挫折して読み切れなかった。

<その他の作品>
 『幻の特装本』(1997)ハヤカワ・ミステリ文庫 宮脇孝雄訳 : '99/B
   The Bookman's Wake(1995)

(2022.4.23記)
フック,フィリップ Hook, Philip (1951~ *英)
『灰の中の名画』(1996)ハヤカワ文庫NV 後藤安彦訳 : '00/C
   The Stonebreakers(1994)
 第二次世界大戦中に焼失したとされる名画を巡る謎に鑑定人が挑む美術ミステリ。絵画の情報をもたらした人物の突然の死、ナチスの残党なども絡むというから、略奪美術品関係の話だったか。職業作家でない人物の書いたものとはいえ、小説として普通に読めるもののようだが、内容あまり覚えていないなあ。
 フックはオークション会社クリスティーズに入り、のちサザビーズに移り取締役を務めたという人物で、『印象派はこうして世界を征服した』『サザビーズで朝食を』といった美術史や美術品競売についてのノンフィクションのほか、経験と専門知識を生かして小説も複数執筆している。
(2022.4.24記)
アボット,ジェフ Abbott, Jeff (1963~ *米)
『図書館の死体』(1997)ミステリアス・プレス文庫 佐藤耕士訳 : '99/C
   Do unto Others(1994)
 田舎町の図書館の館長ジョーダン・ポティートを主人公にしたシリーズの第1作。図書館が舞台ということで読んでみたのだが、図書館である必然性あったっけ。ロマンスもあって軽妙なノリのコージー・ミステリだが、男性が主人公のものは珍しいかな? アガサ賞・マカビティ賞の処女長篇賞の受賞作だが、私の印象はぱっとしなかったなあ。シリーズ4作はミステリアス・プレス文庫で出た後、3作目まではハヤカワ・ミステリ文庫で再刊された。4作目が再刊されなかったのは、4作目の評判が良くなかったからか?
 他に、モーズリー判事のシリーズがあるほか、近年はスリラー小説も手がけ、映画化も進んでいるという『パニック!』などの作品がある。

<その他の作品>
 『図書館の美女』(1998)ミステリアス・プレス文庫 佐藤耕士訳 : '99/C
   The Only Good Yankee(1995)
 『図書館の親子』(1998)ミステリアス・プレス文庫 佐藤耕士訳 : '99/C
   Promises of Home(1996)
 『図書館長の休暇』(1999)ミステリアス・プレス文庫 佐藤耕士訳
   Distant Blood(1996)

(2022.4.25記)
スミス,サラ Smith, Sarah (1947~ *米)
『罪深き名画』上・下(1999)ハヤカワ文庫NV 奥村章子訳 : '00/C
   The Knowledge of Water(1996)
 20世紀初頭のパリで、精神科医が印象派のマレの絵の贋作騒動に巻き込まれるという美術ミステリとして読んだ。あまり覚えていないので解説目録を見てみたら、主人公は「八歳の時に祖父を殺した」とかやばいことが書いてあるな。その主人公アレクサンダー・フォン・ライスデンの話はシリーズになっているみたいだけど他は訳されていないようだ。マレって架空の画家かと思ったら実在の人らしいが、あまり有名でないところにしたのか?
 アメリカ探偵作家クラブのホームページ責任者、「シスターズ・イン・クライム」の支部長や、フィリップ・K.ディック賞の選考委員など、ミステリやSF関係の仕事もしており、SFの合作やホラーの単編作品もある。
(2022.4.26記)

2000年代以降

ブラウン,ダン Brown, Dan (1964~ *米)
『ダ・ヴィンチ・コード』上・下(2004)角川書店 越前敏弥訳 : '06/C
   The Da Vinci Code(2003)
 宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授のシリーズの第2作。ルーヴル美術館の館長の殺害事件に始まり秘密結社の宗教団体が出てきて、ダ・ヴィンチの絵に隠された暗号から最終的には「イエスの子孫」が現代まで続いていたということが判明するという物語。図像学はなかなか興味深いし、日本人の私から見ると「へーそんな解釈もあるんだ」的な興味でしかないが、なんか欧米ではこの小説の内容について真贋論争のようなことが起きたようで、教会の教義や「イエスの子孫」の存在って現代でもキリスト教圏ではセンシティブな問題になるんだな。トム・ハンクス主演で映画化された。
 ラングドン教授シリーズは、2000年の第1作『天使と悪魔』以降、秘密結社イルミナティやフリーメイソンを扱ったものなどの5作が発表されている。そういえばヒロイン役、毎回違うよね。
(2022.4.27記)
ブラッドリー,アラン Bradley, Alan (1938~ *加)
『パイは小さな秘密を運ぶ』(2009)創元推理文庫 古賀弥生訳 : '11/B
   The Sweetness at the Bottom of the Pie(2009)
 1950年代のイギリスを舞台とした11歳の少女フレーヴィア・ド・ルースが主人公のシリーズの第1作。事件が起こるまでの流れに少しまだるっこしいところがあるが、主人公は化学の好きな元気な女の子でやや変人だが好きになれれば楽しめる。事件の捜査をするヒューイット警部補をはじめとする警察の人たちがみんな主人公に好意的で、そんな善人揃いでいいのか。ただ姉たちが本人にはどうしようもない母親のこととかで妹をいじめるのがちょっと嫌だった。プロットと第1章の提出で審査される英国推理作家協会のデビュー・ダガー賞を受賞して長編化したもので、アガサ賞、マカビティ賞、カナダ推理作家協会のアーサー・エリス賞の各処女長篇賞などを受賞した。日本の翻訳は第6作までで「大団円」としているが、10作目まで出ているらしい。
 ブラッドリーはエンジニア、大学教員などを務めたが、伝記やノンフィクションを出した後、『パイは小さな秘密を運ぶ』を出版して70歳過ぎでミステリ作家としてデビューした。

<少女探偵フレーヴィア・シリーズ> 創元推理文庫 古賀弥生訳
 『人形遣いと絞首台』(2010) The Weed That Strings the Hangman's Bag(2010) : '11/B
 『水晶玉は嘘をつく?』(2011) A Red Herring Without Mustard(2011)
 『サンタクロースは雪のなか』(2012) I Am Half-Sick of Shadows(2011)
 『春にはすべての謎が解ける』(2014) Speaking from Among the Bones(2013)
 『不思議なキジのサンドウィッチ』(2015) The Dead in Their Vaulted Arches(2014)

(2022.4.28記)

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