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海外ミステリ&冒険小説 感想録

 ミステリ、探偵小説、推理小説、冒険小説、スパイ小説というものをあまりまとめて読んだことがなかった。ルパンは子どものころに楽しく読んだし、ホームズは大人になってからおもしろく読んだものだが。家にはたくさんミステリ・冒険小説の本はあって、エド・マクベインの<87分署>シリーズ、フォレスターの<ホーンブロワー>シリーズなどは読んでいた。社会人になってからふとあるとき思い立っていろいろ読んでみた。1989年から1990年にかけてのことである。いろいろな種類のものがあるので当たりはずれもあったが、気に入ったものはシリーズ全部読んだりもした。起こる事件は血まみれの殺人事件でも、物語としては探偵役も含めドライなものが好きかな。いろいろまとめておこうとして1991年頃に書き始めて中絶していたものを、改めてまとめてみることにした。当時の自分の作品の取り上げ方や評価に驚くこともしばしば。
 筆者が読んだ作家・作品について、感想を交えて簡単に紹介するが、児童文学の方と異なり大体年代順に並べたいと思う。いずれ五十音順索引をつける予定。「裏」ページは設けないので、ネタバレもあり、未読の方はご注意を。誤りなどあれば御教示いただければ幸いである。(2019年7月28日現在工事中)

2010年8月20日制作開始 鈴木朝子

凡  例

1.収録内容
 ミステリまたは冒険小説を執筆した海外の作家名を見出しにして、原則一作家一作品、筆者が読んだ作品について、感想を中心にして簡単に紹介した。児童文学については「児童文学の部屋」を参照されたい(一部人物の重複あり)。
2.配列
 おおむね掲載作品の原出版年順。作家の生没年、複数の作品の原出版年によるものもある。
3.見出し人名と生没年・国籍
 見出し人名は日本で一般的によく用いられる形で示した。
 姓,名の形にしてまずカタカナ表記で示し、次に原綴を出した。姓・名に分けられないものはそのままの形で記載した。図書によってカタカナ表記が異なるものがある場合は後ろに( )で補記したものもある。
 生没年は、西暦で見出し人名の後ろに( )に入れて示した。
 国籍は、生没年の後ろに示した。 複数の国籍がある人についてはその旨を適宜記載。
4.作品
 書名、巻次、訳者、出版社または叢書名、出版年、原書名、原出版年を記載し、読んだ年と自分の中での評価(A、B、C、D、の四段階)を入れてみた。新書判のハヤカワ・ポケット・ミステリは「世界探偵小説全集」「ハヤカワ・ミステリ」など刊行時期によって呼称が違うが、ここでは「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」で統一した。
 一つの作品で複数の翻訳・版がある場合は、原則として筆者が読んだ版を示した。
 はミステリ、は冒険小説・スパイ小説。
5.感想・紹介文
 本文中の単行本や短編集などの書名は『 』で、短編の作品名や雑誌名などは「 」で、シリーズ名は< >で示した。作品名は日本で翻訳のあるものはその翻訳名(数多くの翻訳名があるものは適宜適当と思われるもの)を用いた。
6.主要参考文献

1899年まで

ポー(ポオ),エドガー・アラン Poe, Edgar Alan (1809~1849*米)
『ポー名作集』(1973)中公文庫 丸谷才一訳 : '87/C
   「モルグ街の殺人」The Murders in the Rue Morgue(1841)
   「盗まれた手紙」The Purloined Letter(1845)
   「マリー・ロジェの謎」The Mystery of Marie Roget(1842)
   「お前が犯人だ」“Thou Art the Man”(1841)
   「黄金虫」The Gold Bug(1843)
   「スフィンクス」The Sphinx(1849)
   「黒猫」The Black Cat(1843)
   「アシャー館の崩壊」The Fall of the House of Usher(1839)
 「世界初の名探偵」と言われるオーギュスト・デュパンの登場する「モルグ街の殺人」「盗まれた手紙」「マリー・ロジェの謎」のほか、代表作「黄金虫」「黒猫」「アシャー館の崩壊」も収録されているお得な短編集。
 教養名作として読んだ。探偵・推理小説の祖でも怪奇・幻想小説の祖でもあるので、どちらで出そうかと思ったがこちらの方で。史上初の推理小説とされる「モルグ街の殺人」は、さすがに古めかしく、このころの推理小説によくあるように、怪奇・幻想色が濃い。もっとも、殺人事件なんて、実際に考えてみればもともと気味の悪いものなのだが。まあ今となっては古いが、この分野の教養・古典として読んでみるのも良いだろう。
 翻訳は『ポオ小説全集』(全4冊、創元推理文庫、1974)をはじめ、各種出ている。人名表記は「ポー」「ポオ」「ポウ」とあり。詩人としても有名だが、それにしてもこの人、短命だったのね。
(2010.7.25記)
コリンズ,ウィリアム・ウィルキー Collins, William Wilkie (1824~1889*英)
『月長石』(上下1962,1970)創元推理文庫 中村能三訳 : '89/B
   The Moonstone(1868)
 今ではあまり読まれないであろう、古典の一つ。かなり分厚く、二分冊で出ていたものがのちに合本された。章ごとに語り手が変わるタイプの話。
 事件も起き、刑事さんも出てくるが、推理小説という感じはあまりしない。普通小説と思って、ゆったりとした気分で状景描写を楽しんだり、怪しげな雰囲気を味わうお話である。もはや古いし、ものすごくおもしろい!というほどの話ではないが、庭師と刑事さんがバラの栽培について議論をしたりといった、細部が楽しい。特に最初の語り手になっている執事さんの『ロビンソン・クルーソー』狂がおかしい。
 古典であることと宝石が題材ということで読んでみたものだが、タイトルの「月長石(ムーンストーン)」は作中に出てくる大きな黄色のダイヤモンドのことで、固有名詞。白い半透明の鉱物としての「月長石(ムーンストーン)」のことではない。ときに、ダイヤモンドというと無色透明なものと思うが、まれにある赤・緑・青も珍重される。が、黄色や茶色はよくあるので価値が低く、工業用とかになってしまうのだそうだ。しかもこの「月長石」は内部に傷があって、傷ありの石は宝石学上これも価値は低いことになる。でもきれいな黄色でとても大きな石ということになっているので、専門的にどうであれ、やっぱり目を引くものなのだろう。
(2010.7.26記)
ドイル,アーサー・コナン Doyle, Arthur Conan (1859~1930*英)
『シャーロック・ホームズの冒険』(1953)新潮文庫 延原謙訳 : '87/B
   The Adventures of Sherlock Holmes(1892)
 <シャーロック・ホームズ>シリーズの第一短編集。
 これもまあ、教養である。会社の仕事がきっかけで読んでみて、わりとおもしろかったので、結局シリーズのほかの巻も全部読んでしまった。短編集があと4冊、長編が4冊あり、子ども向けを含め、各社から翻訳が出ている。新潮文庫版の訳は定評があるようだが、ページ数の都合で、各短編集から2~3編削って別にもう1冊短編集を作ったりしているので、創元推理文庫版や全集版などの他の版の方が良いかもしれない。
 子ども向けといえば、私は子どもの頃、ルパン(の翻案)ものはずいぶん読んだが、ホームズものはほとんど読まなかった。最後の方でホームズが推理を得々と語るのはいいとしても、途中で見つける手がかりを読者に示さないことがあったりして(何か見つけるがそれが何か書かれていないなど)、どうもズルをされているような気がしたからだ。全部きちんと手がかりを示してくれても、きっとわからなかっただろうけど、それでもね。大人になってから読んでみて、あまりそういうところは気にならず、結構おもしろく読めた。今読むとやはり古さもかなり目につくし(馬車や電報、それに犯人のと思しき手の痕があっても指紋をとらない、など)、古いもの特有の怪奇っぽいところも随分あるのだが、現在も熱烈なシャーロッキアンが世界各地にたくさんいるのが少し不思議。それでも、ホームズの魅力は減じていないようだ。改めて言うまでもないのだろうが、ホームズ自身はやはりかなりの“変人”で、鼻持ちならないところもあるのだが、そこがかえって魅力なのかもしれない。お兄さんのマイクロフトさんもおもしろい。そういえばこの人だけがホームズを名前で呼ぶ。イギリス紳士はアメリカ人のようにすぐファーストネームで呼びあったりはしないのだ。しかし「ワトソン」と名字で呼んでいるからといって、ホームズがワトソンのことをよそよそしく思っているわけではない(ことがわかる話もある)。「ホームズとワトソン」は「名探偵とその相棒」の代名詞ともなっているが、ポーやヴァン・ダインの作品と違って、語り手役の「相棒」は名前もあり確かな存在感がある。
 どの話が特におもしろかった、というのはないのだが、『シャーロック・ホームズの冒険』の最初の話「ボヘミアの醜聞」の書き出しが、女性とは縁遠いホームズの話の中で、ちょっと印象に残っている。
 映像化作品も多数あるが、近年では現代ものとして大胆にリメイクされた作品もある。

<シャーロック・ホームズ>シリーズ
 『緋色の研究』A Study in Scarlet(1887)長編 : '87/B
 『四人の署名』The Sign of Four(1890)長編 : '87/B
 『バスカビル家の犬』The Hound of Baskervilles(1902)長編 : '87/B
 『恐怖の谷』The Valley of Fear(1915)長編 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの思い出』The Memoirs of Sherlock Holmes(1894)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの生還』The Return of Sherlock Holmes(1905)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』The His Last Bow(1917)短編集 : '87/B
 『シャーロック・ホームズの事件簿』The Case-Book of Sherlock Holmes(1927)短編集 : '87/B

(2010.7.31記)

1900年代

オルツィ(オークシイ),バロネス・エムスカ Orczy, Baroness Emmuska (1865~1947*英)
『紅はこべ』(1970)創元推理文庫 西村孝次訳 : '82以前/B
   The Scarlet Pimpernel(1905)
 フランス革命で命の危機にあるフランス貴族たちを亡命させる、イギリスの秘密結社「紅はこべ」。そのボスを捕まえようとするフランス側との息詰まる冒険活劇!といったところか。ヒロインが頑張る話…だったと思う。見え見えだったのに、誰がそのボスなのか、しばらく気がつかなかったといううかつな思い出が。影響を受けたというディケンズの『二都物語』を先に読み出したのだが、かったるくなって挫折。こちらを読んでみたらずっとおもしろかった。好評だったので続編もたくさんあるらしいが、日本ではほとんど出ていないようだ。
 バロネス・オルツィ」と言い習わされるが、「オルツィ男爵夫人」というような意味で「バロネス」は名前ではない。ハンガリー出身。「オークシイ」は英語読み。安楽椅子探偵の先駆けと言われる<隅の老人>シリーズなどのミステリ作品もある。
(2010.8.24記)
ルブラン,モーリス Leblanc, Maurice (1864~1941*仏)
『怪盗紳士ルパン』(1981)偕成社(アルセーヌ=ルパン全集1) 竹西英夫訳 : '89/C
   Arsène Lupin Gentleman-Cambrioleur(1907)
 子どもの頃に、ポプラ社の「ルブラン原作 南洋一郎訳」の<怪盗ルパン全集>をかなり読んだ記憶がある。よく見ると「ルブラン原作」がついていなくて、ただ「南洋一郎」となっていたものもあったっけ。原作のあるものも全訳ではなかったのだろうが、当時はどれもおもしろく読んだものだ。
 改めて読んでみようと思って、児童書だが完訳のもので読み直してみた。大人になって読み返してまず感じたのは、文体が仰々しいこと。(本当は逆なんだろうけど、)江戸川乱歩ばりの「ああ、何ということでしょう」調の文章がうるさいのだ。何もそんなに大げさに書かなくても…と思って白けてしまう。それと読んだことのあるものは、最初は忘れていても途中でトリックを思い出してしまうので、意外性がないこと。まあこれは作品の出来が悪いせいとかではないけれど、トリックが凝っている作品で先が見えるのはかなりつまらないものだ。先がわかっていても楽しめる作品もあるのだが。
 あとホームズを使わない方が良かったのに、ということ。いくつかの作品に、ライバル役としてホームズが登場するのだが、ルパンの話だから、当然最後はルパンの方が勝つし、中にはホームズがかなりの醜態を演じるところもある。ホームズ・ファンでなくても、“本当のホームズ”なら決してこんな簡単にはやられない、と思ってしまう。ドイルがクレームをつけたとかで、原書では“Herlock Sholmes = エルロック・ショルメス”になっているが…。他人のキャラクターなんか使わなくても、ルパンというのは十分一人(?)でやっていけるキャラクターだと思うので、なんとなくもったいなかった気がする。
 短編集『怪盗紳士ルパン』のほかに、子どもの頃読んでいなかったと思われる長編『奇巌城』も読んでみたけど、やはりあまりおもしろく感じなかった。私にとって、ホームズは大人の読み物だったが、ルパンは子どもの読み物だったようだ。昔楽しんだのは、南洋一郎の語り口の妙だったのだろうか?

<その他の作品>
 『奇巌城』(1965)創元推理文庫 石川湧訳 : '90/C
   L'aiguille-Creuse(1912)
 <怪盗ルパン全集> 全30巻 ポプラ社 南洋一郎訳 1958~1980
 <アルセーヌ=ルパン全集> 全25巻+別巻5巻 偕成社 1981~1988
 他多数

(2010.8.24記)
ルルー,ガストン Leroux, Gaston (1868~1927*仏)
『黄色い部屋の秘密』(1959)新潮文庫 堀口大学訳 : '82/C
   Le Mystère de la Chamble Jaune(1907)
 ミステリのテーマの一つ「密室もの」の古典。続編である『黒衣婦人の香り』と合わせて読むべきだったのだろうが、こちらの方しか読んでいない。いわゆる密室犯罪を扱う話だが、再読(だったはず)したときはどうなるかすっかり忘れていて、興味深く読んだ覚えがある(またどんな話だったかすっかり忘れてしまったが)。何故か印象は今ひとつだが、決してつまらない話ではなかったと思う。
 この作者にはほかに『オペラ座の怪人』という話があり、これは一見幻想・怪奇風だが、実際はすべて合理的に説明がつけられる、というもので、一人の憐れな男を巡る物語である(なんて要約してはいけないかな)。
 いずれも今読むと、やはり古さが目につく。『黄色い部屋の秘密』の主人公、ジョゼフ・ルルタビーユがあの若さで“記者”というのも、今から見るとちょっと奇異な感じもする。
 今気づいたが訳者が詩人の堀口大学だった。ちょっとびっくり。


<その他の作品>
 『黒衣夫人の香り』(1976)創元推理文庫 石川湧訳
   Le Parfum de la Dame en Noir(1908)
 『オペラ座の怪人』(1987)創元推理文庫 三輪秀彦訳 : '89/C
   Le Fantôme de L'Opéra(1910)

(2010.8.26記)

1910年代

スーヴェストル,ピエール Souvestre, Pierre (1874~1914*仏)
アラン,マルセル Allain, Marcel (1885~1969*仏)
『ファントマ』(1976)ハヤカワ文庫NV 佐々木善郎訳 : '82以前/C
   Fantômas(1910,1961)
 一応「怪盗」の話で追いかける刑事も出てくるが、狂言回しっぽく、狭義のミステリの中には入らない、サスペンス・スリラーというようなものである。怪しげな人物が出没する“通俗読み物”といった感じで、読んでいるときはおもしろいかもしれないが、それだけもしれない。変な話として印象に残っているが、もはや一昔前のものであると思う。
 続編もたくさん書かれ、3作目までは翻訳もある。
(2010.9.11記)
チェスタートン,ギルバート・キース Chesterton, Gilbert Keith (1874~1936*英)
『ブラウン神父の童心』(1982)創元推理文庫 中村保男訳 : '89/B
   The Innocence of Father Brown(1911)
 教養と思い、古めかしいだろうとなかば諦めて読み出した。ところがこれがなかなかおもしろい。一見人がいいだけに見えるブラウン神父が、毎回実は頭の鋭いところを見せる連作短編集。全く関連性がわからない遺留品を前に皆が頭を抱えていても、次々といくつもの推理を展開してみせたりする。自身は犯人の逮捕より、犯人の魂の救済に関心があるのだけれど。少し古い話にありがちな、ストーリーとは直接関係ない状景描写のようなものもあるけれど、それにもあまり退屈しない。
 しかし期待して読んだ第2集『ブラウン神父の知恵』はあまりおもしろく感じなかった。多大な期待をかけず、ゆっくりとブラウン神父につき合いながら読むものなのだろう。根強い人気のある作品のようだ。

<ブラウン神父>シリーズ 創元推理文庫 中村保男訳
 『ブラウン神父の知恵』(1982) The Wisdom of Father Brown(1914) : '90/C
 『ブラウン神父の不信』(1982) The Incredulity of Father Brown (1926)
 『ブラウン神父の秘密』(1982) The Secret of Father Brown (1927)
 『ブラウン神父の醜聞』(1982) The Scandal of Father Brown (1935)

(2010.10.18記)

1920年代

フィルポッツ,イーデン Phillpotts, Eden (1862~1960*英)
『赤毛のレドメイン家』(1970)創元推理文庫 宇野利泰訳 : '89/D
   The Red Redmaynes(1922)
 これも推理小説の古典の一つ。しかしおもしろかった記憶がない。探偵役もどうも馬鹿みたいだし…。これしか読んでいないので、この人についてはもう1作くらい読んでみるべきなのだろうが、代表作であるこの作品があまりおもしろくなかったので、これ以上読む気が起きない。古典的名作・傑作の内に数えられているが、私の口には合わなかった。探偵役がきちんと謎解きをしていく、ストレートな推理小説ではないせいか。
 哲学者っぽいドラゴンが出てくる教養小説風なファンタジー『ラベンダー・ドラゴン』なんていう作品もある。表紙がきれいだったなあ。


<その他の作品>
 『ラベンダー・ドラゴン』(1979)ハヤカワ文庫FT 安田均訳 : '84/D
   The Lavender Dragon(1923)

(2010.11.1記)
ミルン,A.A. Milne, Alan Alexander (1882~1956*英)
『赤い館の秘密』(1962)角川文庫 古賀照一訳 : '81以前/C
   The Red House Mystery(1922)
 『クマのプーさん』で有名なミルンの唯一の推理小説。古典の一つに数えられている名作。人気もあったようで、日本でも複数の翻訳があり、現在でも手に入る版がある。密室ものだったかなと思うが、実はかなり前に読んだので、内容はほとんど忘れてしまっている。『プーさん』の作者だからといって子ども向けとかメルヘン・タッチのものとかではなく、正統派の推理小説だったはず。つまらなかった覚えはないので、推理小説としては普通に楽しめる作品だったと思う。
 『プーさん』も子どもの頃はディズニー・アニメ絵本でしか読んでいなかったので、ちゃんと読んでみた。それなりにおもしろいが、やはり子どものうちに読むべきだったような。

<その他の作品>
 『クマのプーさん』Winnie-the-Pooh(1926) : '99/B

→作家やその他の作品については「私的 児童文学作家事典〔海外編〕」「ミルン,A.A.」も参照のこと。

(2010.11.3記)
クリスティ,アガサ Christie, Agatha (1890~1976*英)
『チムニーズ館の秘密』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 高橋豊訳 : '90/B
   The Secret of Chimneys(1925)
 ミステリ界の女王、のみならず、男女の別の関係ない巨匠の一人。自分で書いていて何だが、一人一作品でこの作品があがっていてびっくり(ラインナップはずいぶん前に決めてあった)。忘れていたのだが、私はクリスティがあまり好きではなかったらしい(自分が以前書いていた文章を読んでちょっと驚いた)。全体として、クリスティでは本格ものより、ユーモアを含んだ元気な冒険ものが好きなようだ、ということがわかった。クリスティ自身女性なのだが、女性蔑視的表現もところどころ目についたりもする。時代もあるのだろうが。
 クリスティで最初に読んだ長編は『そして誰もいなくなった』。分厚くてこれ1作で1冊ではない本で読んだ記憶があるので、多分早川の世界ミステリ全集だろう。それなりにおもしろく読めたのだが、ラストでうーん、詐欺だ!と思ったものだ。クリスティは真相を壜に入れて流す、というのがやりたかっただけじゃないの?というのは勘ぐり過ぎか。あ、それともちろんマザーグースを使うのとね。
 シリーズ・キャラクターはいろいろあるが、その中の最大手、エルキュール・ポアロがあまり好きではなかった。妙にもったいぶっているところが嫌らしい感じがして。だがときどき目にするテレビシリーズでは、そのもったいぶっているところがおかしくて、実は結構好きだったりする。ポアロものの小説では『ABC殺人事件』と問題作『アクロイド殺し』しか読んでいない。後者は読者にとってフェアかアンフェアかで大論争を巻き起こしたものだが、『そして誰も~』と違ってそれほどだまされた感はしなかったような。
 ミス・マープルもあの“連想”とやらがまだるっこしくて…。それがミス・マープルのやり方とわかっていても。マープルものは最初の『牧師館の殺人』と『予告殺人』『鏡は横にひび割れて』の3作のみ。『鏡は横に~』を読んだのはタイトルのネタがテニスンのアーサー王ものの詩だったため。
 映像作品は数多あり、原作を読んでいなくても観たことのあるものもあるが、共通するオリキャラの女の子が両方に出てくることでつなぐ「名探偵ポワロとマープル」というアニメもあった(ポアロとマープルは共演はしない)。
 シリーズではほかに、トミーとタペンスのおしどり探偵ものがあるが、冒険ものと言ってもいい『秘密組織』は生き生きとしていておもしろかった。『チムニーズ館の秘密』もバトル警視というシリーズ・キャラクターがいるが、確たる主人公というより群像劇だったような。これも冒険もの的な話で、クリスティ作品では初めて純粋におもしろいと思った。私がクリスティを見直した作品なので、あえて『アクロイド~』でも『そして誰も~』でもなく、これをあげた。この2シリーズの他作品は未読。
 法廷ものの名作劇として名高い「検察側の証人」を含む短編集も1冊読んだが、推理小説でない幻想・怪奇系の作品も結構あるのだなあと思った。

<その他の作品>…多数・各種あるが、自分の読んだもの・読んだ版のみをあげた。
 「そして誰もいなくなった」清水俊二訳 (『世界ミステリ全集 1』(1979)早川書房) : '82以前/C
   Ten Little Niggers(1939)
 『アクロイド殺し』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 松本恵子訳 : '89/C
   The Murder of Roger Ackroid(1926)
 『ABC殺人事件』(1962)角川文庫 能島武文訳 : '89/C
   The A.B.C. Murders(1935)
 『ミス・マープル最初の事件―牧師館の殺人』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 安田均訳 : '89/C
   The Murder at the Vicarge(1930)
 『予告殺人』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 田中隆一訳 : '89/C
   A Murder Is Announced(1950)
 『鏡は横にひび割れて』(1979)ハヤカワ・ミステリ文庫 橋本福夫訳 : '91/C
   The Mirror Crack'd from Side to Side (1962)
 『秘密組織』(1979)創元推理文庫 一ノ瀬直二訳 : '90/B
   The Secret Adversary (1922)
 『クリスチィ短編全集 1』(1979)創元推理文庫 厚木淳訳 : '89/D
   The Hound of Death and other stories(1933)
 他多数

(2010.11.3記)
モーム,ウィリアム・サマセット Maugham, William Somerset (1874~1965*英)
『秘密諜報部員』(1959)創元推理文庫 龍口直太郎訳 : '91/C
   Ashenden(1928)
 「文豪」モームのスパイ小説。この小説はモームの実体験に基づいているそうで、作家の男がスパイ活動をしている話である。最近もモームがイギリスの秘密情報部(一般にはMI6として知られている)に所属していたことが新聞記事になっていた。実際のスパイとはこんなものだ、というような地味な話で、いくつかのエピソードをつなげたオムニバスという形をとっている。きっとモームとしては異色な話なのだろう。古さは確かにあるが、まあ可もなく不可もなく、という程度には読める。主人公の名前である原題ママの『アシェンデン』という訳題もある。
 文学者としてのモームについては『月と六ペンス』も『人間の絆』も、代表作はもちろん、とにかくほとんど読んでいないので何も言えない。『世界文学100選』という全集の編集や『世界の十大小説』という評論の著作もある。
(2010.11.3記)
ヴァン・ダイン,S.S. Van Dine, S. S. (1888~1939*米)
『僧正殺人事件』(1959)創元推理文庫 中村保男訳 : '89/D
   The Bishop Murder Case(1929)
 古典の一つであるが、古い! 確かに書かれたのは新しくはないが、スタウトのネロ・ウルフものとほぼ同時期、しかも同じニューヨークを舞台にしているとはちょっと信じ難い。19世紀末のイギリスの話だというのなら納得できるのだが…。民間人が警察の捜査に協力する、という形もポアロとかを思わせるし(待てよ、アメリカのクイーンもそうだっけ)。
 主人公は「ファイロ・ヴァンス」という探偵で、『僧正殺人事件』は全部で12作あるシリーズの4作目。最高傑作の一つに数えられているが、古めかしさが鼻について退屈で、私には合わなかった。クリスティの『そして誰もいなくなった』と同様に、この作品もマザーグースをモチーフにしている。
 ところで他の作品を読んでいないのでよくわからないのだが、“ヴァン・ダイン”という人はワトソンのような役できちんと確立されているのだろうか? というのは、『僧正~』では「わたしたち」、つまりファイロ・ヴァンスと「わたし」が常に一緒に行動しているようなのに、「わたし」は一切発言しないのだ。周囲の人も「わたし」に話しかけない。そもそも事件の現場などに、この時点で既に探偵として有名になっているファイロ・ヴァンスはともかく、無関係な人物が来たりしたら見とがめられるのが普通だろう。ファイロ・ヴァンスの相棒として認知されているのなら、逆に意見くらい聞かれてもおかしくない。物語の冒頭で、ファイロ・ヴァンスが「ねえ、ヴァン、」と「わたし」に話しかける場面があるにはある。だがここもよく読むと「わたし」の返事は地の文の中におさまっていて、生きた会話としては出て来ない。「わたし」“ヴァン・ダイン”はファイロ・ヴァンスの頭の中の人物に過ぎないのだろうか? 他の作品、特に第1作を読めば容易にわかるのかもしれないが。
(2010.11.6記)

1930年代

クロフツ,フリーマン・ウィルズ Crofts, Freeman Wills (1879~1958*英)
『マギル卿最後の旅』(1974)創元推理文庫 橋本福夫訳 : '90/B
   Sir Magill's Last Journey(1930)
 クロフツというとまず『樽』をあげるべきなのだろうが、私としてはフレンチ警部ものの中の一冊である『マギル卿最後の旅』を推したい。アリバイ崩しの傑作と言われる。今いろいろ探していたら、地味な単調な聞き込みの連続で退屈だったなんていう感想もあった。自分的には割とおもしろかった印がついていたのだが、飛行機の話だったよな、とか思っていて『クロイドン発12時30分』と混同していた。
 クロフツの作品は概して地味で、フレンチ警部ものの第1作である『フレンチ警部最大の事件』を初めに読んだときはあまりおもしろくなかった。だがいくつか読んでいくうちに、次第にその地道さが味わえるようになってきた気がする。初心者にはあまり向かないが、通好みの渋み、といったところか。状景描写なども楽しめるようになったらしめたもの?である。フレンチ警部(のち警視)は凡人型の探偵と言われるが、短編では一目で犯人の言い分を見抜いたりして、なかなか鋭いところも見せる。
 倒叙ものの傑作と言われる『クロイドン発~』をはじめ、犯人のわかっている話も多いが、犯人は意外な人物ではなく、しかるべき動機のある人物(遺産が入るとか、怨みがあるとか)というのが結構あるのも現実的である。
 割とトリックに凝っている『樽』は別にすると、とにかくこつこつと地味なので、多大な期待を持って臨むことはお勧めしない。

<その他の作品>
 『樽』(1957)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 村上啓夫訳 : '89/C
   The Cask(1920)
 『フレンチ警部最大の事件』(1959)創元推理文庫 田中西二郎訳 : '90/C
   Inspector French's Greatest Case(1925)
 『クロイドン発12時30分』(1959)創元推理文庫 大久保康雄訳 : '90/B
   The 12:30 from Croydon(1934)
 『クロフツ短編集 1』(1965)創元推理文庫 向後英一訳 : '89/C
   Many a Slip(1955)

(2010.11.6記)
ハメット,ダシール Hammett, Dashiell (1894~1961*米)
『マルタの鷹』(1961)創元推理文庫 村上啓夫訳 : '89/C
   The Maltese Falcon(1930)
 「ハードボイルド御三家」の一人、しかもそのうちで最も早く出て、ハードボイルドの始祖とされるハメットの代表作。私立探偵サム・スペイドの登場する唯一の長編だそうである。あんまりおもしろくなかったなどと言うとファンの人には怒られそうだが、主人公のスペイドが今ひとつ気に入らなくて…。冷たい、というか、性格が好きになれなかった。ラストは思わずおやおやという終わり方をする。すっきり解決したという爽快感がないというか…。
 ハメットは実際自ら私立探偵もやったことがあり、その体験をもとに処女長編『血の収穫』を書いた(これ以前から短編は書いていた)。こちらは「推理小説」というより「犯罪小説」で、かなり血なまぐさい話のはずなのだが、今読むとそれほどでもないな、と思えてしまう。今はもっと殺伐とした話があるからなのか。

<その他の作品>
 『血の収穫』(1961)創元推理文庫 田中西二郎訳 : '90/C
   Red Harvest(1929)

(2010.11.8記)
シムノン(シメノン),ジョルジュ Simenon, Georges (1903~1989*ベルギー)
『男の首 黄色い犬』(1959)創元推理文庫 宮崎嶺雄訳 : '90/D
   Le Tete d'un Homme(1931)
   Le Chien Jaune(1931)
 何だか全然面白くなかった。初めに『メグレ罠を張る』を読んで、メグレ警部(のち警視)が延々としゃべるシーンや、全体の重苦しさに少々うんざりした。一作で投げてはいけないと思い、そのあと初期の代表作とされる『男の首』、併録の『黄色い犬』も読んだのだが…。私には陰気に感じられ、メグレの魅力も、このシリーズのおもしろさもわからなかった。フランス・ミステリは私には合わないものが多いなあ。
 シムノンはベルギー人だが、フランスで活動し、フランス語で作品を書いた。大変な多作家でメグレ・シリーズもたくさんある。短めの長編はここにあげたもののように合本になっているものもあるが、近年では河出書房新社から単行本が多数刊行されている。


<その他の作品>
 『メグレ罠を張る』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 峯岸久訳 : '89/D
   Maigret Tend un Piège(1955)

(2011.4.30記)
クイーン,エラリー Queen, Ellery
(リー,マンフレッド Lee, Manfred B. (1905~1971*米))
(ダネイ,フレデリック Dannay, Frederic (1905~1982*米))
『シャム双生児の秘密』(1960)新潮文庫 宮西豊逸訳 : '82以前/B
   The Siamese Twin Mystery(1933)
 すでに広く知られている通り、従兄弟どうしの二人の合同ペンネーム。のみならず、登場する探偵も同名。別名義バーナビー・ロスで発表したドルリー・レーンが主人公のシリーズの『Yの悲劇』の方が“傑作”としての地位が高いが(確かにこれもおもしろかったが)、“エラリー・クイーン”が出てくるこちらをあげることにする。
 <国名シリーズ>では『エジプト十字架の謎』の方が上とされているようだが、『シャム~』の方を先に読んだので。いや、話もおもしろかったけど。タイトルから結合双生児が出てくるのはわかってしまうけど、それが一番のキモではなかったような。「密室もの」の一種で、脱出できない状況が緊張感を盛り上げる。この<国名シリーズ>、実態は「国」とはあまり関係なくて、タイトルはほとんどアイ・キャッチでしかないのだが、シリーズ感を出すためにはうまいと思う。
 ドルリー・レーンの方は『Xの悲劇』も読んだが、『Yの悲劇』の方がずっとおもしろかったと記憶している。内容はどちらもほとんど覚えていないんだけど。父親が警官で、気ままに事件に首を突っ込む作家(私立探偵の許可証とか持ってたっけ?)であるエラリー・クイーンに対し、こちらは引退した耳の不自由な俳優、という特殊なキャラクターでまた違った味を出している。
 エラリー・クイーンの方は<国名シリーズ>以外にもずっと出ているのだが、中期以降はかなり感じが違い、『災厄の町』などは『エジプト~』にあったような現実離れした大仕掛けはなく(クイーンだから怖くはないけど、実際に想像するとかなりグロテスク)、ずいぶんリアリスティックになっている。
 全体として、私にとってはクリスティよりとっつきやすく、おもしろく読める作家である。


<その他の作品>
 『Xの悲劇』(1960)創元推理文庫 鮎川信夫訳 : '82以前/B
   The Tragedy of X(1932)
 『Yの悲劇』(1959)創元推理文庫 鮎川信夫訳 : '82以前/B
   The Tragedy of Y(1933)
 『エジプト十字架の謎』(1959)創元推理文庫 井上勇訳 : '89/B
   The Egyptian Cross Mystery(1932)
 『災厄の町』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 青田勝訳 : '90/C
   Calamity Town(1942)

(2011.5.1記)
スタウト,レックス Stout, Rex (1886~1975*米)
『毒蛇』(1978)ハヤカワ・ミステリ文庫 佐倉潤吾訳 : '90/B
   Fer-De-Lance(1934)
 蘭愛好家で美食家の肥満探偵ネロ・ウルフのシリーズものの第1作。以下1975年まで34作を数えるが邦訳単行本が出ているのはその半分弱(訳はあるが雑誌掲載のみのものもある)。近年でもハヤカワ・ポケット・ミステリや光文社文庫からポツポツ出たりしているが、以前ポケミスで出たきりで文庫に落ちていないものや未訳のものも結構ある。
 物語は一人称で語られるが、語り手は主人公ネロ・ウルフではなく、彼の助手で私立探偵のアーチー・グッドウィン。ボスに文句を言ったり時に怒ったりもするけれど、ほとんど動かないボスの手足となって働く。何しろ椅子から立ち上がろうとするのを見て驚かれてしまうくらいで、ネロ・ウルフは家からめったに出ない、文字通りの“安楽椅子探偵”なのだ。
 ユーモアに満ちたアーチーの語り口で、もはや半世紀以上も前に書かれた話なのに、ほとんど古めかしさを感じなかった。初めて読んだのは中期の第17作である『黄金の蜘蛛』だったが、これもおもしろかった。全作そろって読めないのが残念である。


<その他の作品>
 『黄金の蜘蛛』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 高橋豊訳 : '89/B
   The Golden Spiders(1953)

(2011.5.5記)
ケイン,ジェームス・M. Cain, James Mallahan (1892~1977*米)
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1963)新潮文庫 田中西二郎訳 : '90/D
   The Postman Always Rings Twice(1934)
 推理小説というより犯罪小説という分類に入る話である。映画にもなっているし、他社からもいくつもの版が出されている。タイトルのおもしろさと、エロティックな感じのする内容に引かれて読む人が多いのだと思う。話はどちらかというと乾いた現実的なもので、犯罪の虚しさといったものを感じさせる。よくできている話だとは思うけれど、私のあまり好むところではない。
(2011.5.6記)
ガードナー,E.S. Gardner, Erle Stanley (1889~1970*米)
『奇妙な花嫁』(1962)創元推理文庫 小西宏訳 : '89/B
   The Case of Curious Bride(1935)
 弁護士ペリー・メイスンものの一つ。E.S.ガードナーはものすごく多作家で(口述録音したとか)、メイスンものだけで80冊以上、A.A.フェア名義のものも入れれば長編で100冊以上を残した。自身もバリバリの弁護士だったそうである。それだけたくさん作品があるが、どれもみな大変おもしろいらしい。私は2作しか読んでいないが、確かに両方とも読みやすく、おもしろかった。全部同じパターンなんじゃないか、と言ったりしてはいけない。
 弁舌巧みな法廷シーンが見せ場だが、このシリーズのミソは、ペリー・メイスンが私立探偵ばりに現場に忍び込んで自ら小細工をしたりするところである。無罪と確信している被告に有利になるように、相手方の証言が間違っているようにズルをして見せかけるのだ。もちろん最終的には他の証拠も出るのだが、無罪に持っていくためには途中で事実を曲げてもいい、とするのは…どんなものなんだろうか。一歩間違えば証拠隠滅・捏造や偽証を図る悪徳弁護士だぞ(いや間違えなくても証拠捏造か?)。でもそのちょっとした“ズル”を使って相手方をやりこめ自分の主張を通してしまうところが、このシリーズのおもしろさなのだけど。正義の弁護士、これでいいのか~。

<その他の作品>
 『義眼殺人事件』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 砧一郎訳 : '90/B
   The Case of the Counterfeit Eye(1935)

(2011.5.7記)
ケストナー,エーリヒ Kästner, Erich (1899~1974*独)
『消えうせた密画』(1970)創元推理文庫 小松太郎訳 : '89/C
   Die verschwundene Miniatur(1935)
 児童文学の作家として知られているケストナーの、児童向きではない作品の一つ。ナチ政権下で書かれたもので、無国籍(・無時代)的なユーモア小説。表立って政治批判的なことは出てこないが、それでもところどころに鋭い風刺が感じられる。細密画(ミニアチュール)が出てくる美術ミステリとして読んだが、細密画自体は単なる小道具で、“美術ミステリ”と言える程の話ではない。
 だが、どうせケストナーを読むなら、できれば子どものうちに『エーミールと探偵たち』や『飛ぶ教室』などを読んだ方がいい。私はケストナーはきちんと出会い損なった作家で、子どもの頃はあまり読んでいなかった。大人になってから読んだ前半生の自伝『わたしが子どもだったころ 』が大変おもしろく、ぐっと見直したのだが、もっと前にたくさん読んでおけば良かったと思った。

<その他の作品>
 『エーミールと探偵たち』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/A
   Emil und die Detektive(1929)
 『エーミールと三人のふたご』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/B
   Emil und die drei Zwillinge(1934)
 『点子ちゃんとアントン』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '85/B
   Pünktchen und Anton(1931)
 『五月三十五日』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '82/B
   Der 35. Mai(1932)
 『飛ぶ教室』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '83/A
   Das fliegende Klassenzimmer(1933)
 『ふたりのロッテ』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '80以前/A
   Das doppelte Lottchen(1949)
 『わたしが子どもだったころ 』(1962)岩波書店 高橋健二訳 : '87/A
   Als ich ein kleiner Junge war(1957)
 『子どもと子どもの本のために 』(1977)岩波書店 高橋健二訳 : '87/A
   Für Kinder und Kinderbücher(1969)


→作家やその他の作品については「私的 児童文学作家事典〔海外編〕」「ケストナー,エーリヒ」も参照のこと。
(2011.5.8記)
カー,ジョン・ディクスン Carr, John Dickson (1906~1977*米)
『三つの棺』(1970)ハヤカワ・ミステリ文庫 三田村裕訳 : '90/C
   The Three Coffins(1935)
 カーは非常に好き嫌いの激しい作家であると思う。あのわざとらしさ、アクの強さ、怪奇趣味を気に入るか嫌になるかだろう。作品自体も、大じかけを施そうとして、大失敗作になっているものもあるそうだ。カーは20世紀のアメリカの生まれだが、イギリスに憧れ、長くイギリスに住んだということである。
 上記はギデオン・フェル博士のシリーズの中の名作とされるもの。カーお得意の“不可能犯罪”的な“密室もの”である。他に『皇帝のかぎ煙草入れ』、カーター・ディクスン名義の『ユダの窓』も読んだが、いずれも私にはちょっと…。
 フェル博士やヘンリ・メルヴェール卿(『ユダの窓』他)といったシリーズ・キャラクターのもったいぶった大仰なところをはじめとして、カーの作品の雰囲気は好きになれない。わざわざあんな複雑なトリックをしかけて殺人をしようとする人なんているだろうか…などと言ってはいけないんだろうな、きっと。ところで「ユダの窓」って言われて西洋の人は何のことかすぐわかるのだろか?
 『皇帝のかぎ煙草入れ』はノン・シリーズものだが、いくつもの訳があり、クリスティも絶賛したとかいう作品。私はそのトリックより、出てくる男性が何人も、確たる理由もなく(と思える)、主人公の女性に惹かれてしまうところが不可解だった。
 『火刑法廷』『ビロードの悪魔』といった怪奇がらみのミステリもこの人の領分だが、私は未読。
 余談だが、早川書房の<世界ミステリ全集>にカーの巻がないのはどうしてなのだろうか。当然入ってしかるべき人だと思うのだが。当時版権が取れなかった、なんてことはないだろうし…。

<その他の作品>
 『ユダの窓』(1975)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 砧一郎訳 : '90/C
   The Judas Window(1938)
 『皇帝のかぎ煙草入れ』(1961)創元推理文庫 井上一夫訳 : '89/C
   The Emperor's Snuff-Box(1942)

(2011.7.1記)
セイヤーズ,ドロシイ・リイ Sayers, Dorothy L. (1893~1957*英)
『忙しい蜜月旅行』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 深井淳訳 : '90/B
   Busman's Honeymoon(1937)
 古書収集が趣味の貴族探偵、ピーター・ウィムジー卿のシリーズの長編最終作。このシリーズは以前は半分ほどしか訳されておらず、それらも手に入らないものがほとんどだったが、最近は「クリスティと並ぶ」などと再評価され、訳もほぼ出そろって文庫で手軽に読めるようになった。
 私はおもしろいと思ったのだが、かなり好き嫌いの激しい作家のようで、古めの作品にありがちなゆっくりした情景描写をまだるっこしく思ったり、衒学的なところが鼻につくと思ったりした人も多かったのかもしれない。それらを楽しめるようなら好きになれるのだが。ユーモアもあって、特に執事のバンターさんが楽しい。
 シリーズ中最高傑作と言われている『ナイン・テイラーズ』も読んだが、期待したせいか、訳がなじみにくかったせいか、今ひとつだった。先を急がずゆったりとした気分で読むものなのだろう。しかしこの話に出てくる“鳴鐘法”には…。イギリスだねえ、鐘の鳴らし方にあんなに凝るなんて…。
 セイヤーズはミステリは金儲けのために書いたと明言し、晩年はミステリ執筆から離れたが、うまい作家には違いないし、本人も結構楽しんで書いていたんじゃないかと思う。

<その他の作品>
 『ナイン・テイラーズ』(1958)東京創元社(世界推理小説全集 36) 平井呈一訳 : '91/C
   The Judas Window(1938)

(2012.3.25記)
フォレスター,セシル・スコット Forester, Cecil Scott (1899~1966*英)
『パナマの死闘』(1975)ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 : '82以前/A
   The Happy Return(1937)
 ナポレオン戦争時代のイギリス海軍の軍人ホレーショ・ホーンブロワーの活躍を描く海洋冒険小説シリーズの最初の作品。物語中の時系列では5番目だが、続く『燃える戦列艦』『勇者の帰還』の最初に書かれた3作でシリーズの中核をなす(日本版の刊行は時系列順)。このシリーズは帆船小説・海洋冒険小説の草分け的作品で、しばしば「<ホーンブロワー>に迫る」「<ホーンブロワー>を越えた」などと引き合いに出され、まず一番に抑えておくべき基本作となっている。この手の歴史ものが好きな向きには大変おもしろいので、ランキングした当時の自分がつけた原則を曲げて評価「A」に変更。
 ホーンブロワーは船乗りなのに出航直後はいつも船酔いに悩まされたり、航海中に水浴びしたりする変わり者だが、海軍軍人としては優秀。平民出身で有力貴族の引きもないが、偉い提督などに理解者もできる。戦争は一般的には好ましくないものだけれども、戦時でないとその腕前が発揮できないホーンブロワーのために早く戦争起これーとかつい思ってしまう。戦争がない時期には賭けトランプで糊口をしのいだりしている。実在の戦争時代が舞台なので、有名な海戦に出さないようにしながら戦功をあげさせるのに苦労したとか。著名なネルソンとは遺体をイギリスに運び、その葬儀の水上パレードを指揮する、という形で関わる。本人の経歴の初期の時代を後から書いたので、戦功をあげても最初に書いた時代以上にどんどん昇進させられなかったとも。確かルックスはそんなにいい方じゃなくて、最初の結婚もなんとなくしてしまう感じだが、二人目の奥さんは陸軍の実在の英雄ウェリントン公爵の妹という設定で逆玉(でもその結婚では子どもはできなくて前妻の遺児を彼女が育ててくれる)。シリーズキャラクターとしては長く副長を務めてくれるブッシュという人が良い人なんだけど、とある戦いで「帰ってこなかった」という形であっさり退場してしまうのがちょっと悲しい。フォレスターはそういうところがドライだな。海戦のストーリーとは直接関係ないところだけど、『砲艦ホットスパー』に出てくる料理人ダウティさんがらみのエピソードは楽しくて好き。
 あたかも実在の人物であるかのように書かれたC.N.パーキンソンによる“伝記”、『ホレーショ・ホーンブロワーの生涯とその時代』(至誠堂 出宏訳 1974)というものや、訳者高橋泰邦によるスピンオフ作品『南溟の砲煙』(光人社 1983)『南溟に吼える』(光人社 1986)というものもある。
 グレゴリー・ペック主演で「艦長ホレーショ」として映画化されたほか、近年ではヨアン・グリフィズ主演でテレビシリーズが制作された。

<海の男/ホーンブロワー・シリーズ> ハヤカワ文庫NV : '82以前/A
 『海軍士官候補生』(1973) 高橋泰邦訳 Mr. Midshipman Hornblower(1950)
 『スペイン要塞を撃滅せよ』(1973) 高橋泰邦訳 Lieutenant Hornblower(1952)
 『砲艦ホットスパー』(1974) 菊池光訳 Hornblower and the Hotspur(1962)
 『トルコ沖の砲煙』(1974) 高橋泰邦訳 Hornblower and the Atropos(1953)
 『燃える戦列艦』(1975) 菊池光訳 Ship of the Line(1938)
 『勇者の帰還』(1975) 高橋泰邦訳 Flying Colours(1938)
 『決戦!バルト海』(1976) 高橋泰邦訳 The Comodore(1945)
 『セーヌ湾の反乱』(1977) 高橋泰邦訳 Lord Hornblower(1946)
 『海軍提督ホーンブロワー』(1978) 高橋泰邦訳 Admiral Hornblower in the West Indies(1958)
 『ホーンブロワーの誕生』(1978) 高橋泰邦,菊池光訳 The Hornblower Companion(1964)
   「モルグ街の殺人」The Murders in the Rue Morgue(1841)
   「最後の遭遇戦」The Last Encounter
   「ホーンブロワーの誕生」Personal Commentary on the Writing of the Hornblower Saga…随筆
 『ナポレオンの密書』(1984)光人社 高橋泰邦訳 : '06/B
   Hornblower During the Crisis(1967)
 ※ハヤカワ文庫のシリーズ別巻として出た『ホーンブロワーの誕生』は、のち光人社の『ナポレオンの密書』
  と併せて改めて別巻『ナポレオンの密書』(2007)として出直した。

(2019.7.12記)
ペイジ,マルコ Page, Marco (1909~1968*米)
『古書殺人事件』(1955)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 中桐雅夫訳 : '89/C
   Fast Company(1938)
 題名につられて読んだ本。ミステリとしてはまあまあの出来といったところ。アメリカの当時の古書業界のことが少しおもしろい、という話。原書の刊行は割と古いのだが、古書店に大金庫があるところなど、読んだ時点でも内容的にはあまり古さは感じられなかった。いずれにしても、いい古書ミステリ――古書や古書店がうまく使われ、何よりもミステリとしておもしろい作品――というのは、なかなかないものである。
 本名のハリー・カーニッツで脚本も書いていて、1950年代も活動していたらしいが、日本ではあまり知られていない。
(2016.9.4記)
デュ・モーリア,ダフネ Sayers, Dorothy L. (1893~1957*英)
「レベッカ」大久保康雄訳 (『世界文学全集 別巻4』(1960)河出書房新社) : '89/C
   Rebecca(1938)
 富豪の後妻になった女性が前妻レベッカの影に悩まされる物語。厳密にいえばミステリでも冒険小説でもないかもしれないが、レベッカの死の真相や主人公が精神的に追い詰められる様が「心理サスペンス」といったところか。大和和紀の漫画「影のイゾルデ」がこの作品に似ているなーと思っていたら同じことを感じた人もいるようだ。この漫画はどちらかというとホラー系だが、「レベッカ」はそうではなかったと思う。
 ヒッチコックによって映画化されたが、製作のセルズニックがいろいろと関与したとか。
(2019.7.13記)
チャータリス,レスター Charteris, Leslie (1907~1993*英)
『奇跡のお茶事件』(1959)新潮文庫 黒沼健訳 : '94/C
   Follow the Saint(1938)
 「奇跡のお茶事件」「ホグスボサム事件」の2編を収録。表題作はどこかの子ども向けの作品集か雑誌に掲載されていたかで見覚えがあるような気がしたのだけれど、読み返してみてもあまり思い出さなかった。タイトルからすると今でもよくあるインチキ商法の話っぽいが、あらすじを探してみるともっときなくさい話のようだ(読み返したのに内容をまた忘れてしまったな)。タイトルをどこかで見て気になったのかも。“聖者(セント) ”と呼ばれる怪盗サイモン・テンプラーが主人公のシリーズの1作で、シリーズはのち別の作家によって書き継がれ、映画やロジャー・ムーア主演のテレビシリーズなどにもなったらしい。
(2019.7.13記)

1940年代

チャンドラー,レイモンド Chandler, Raymond (1888~1959*米)
『さらば愛しき女よ』(1956)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 清水俊二訳 : '89/C
   Farewell, My Lovely(1940)
 私立探偵フィリップ・マーロウものの一つ。『長いお別れ』の方が有名だし、処女長編『大いなる眠り』も古本屋が出てくるというので読んだが、とりあえず一番最初に読んだ『さらば~』をあげておく。格好いい私立探偵が颯爽と活躍するのかと思っていたら、主人公フィリップ・マーロウが結構地味な感じがして、少々意外だった。
 チャンドラーは「ハードボイルド御三家」のうちではダントツに人気があるそうで、好きな人にはその渋さもいいのかもしれない。キャラクターやストーリーはそれほど好きにならなかったが、ただ思わず覚えておきたいようなしゃれた言い回しがいろいろあって、その意味では格好いいのは認める。「さよならを言うのはわずかの間死ぬことだ」とか、「五十ドルの淫売のようにエレガントだぜ」とか。さる映画のコピー「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない」もこの作者の作品から。『さらば~』のタイトルだってね、すごく気を引くタイトルだと思う。翻訳の妙かもしれないが、ファンにはこの文体がたまらないのかも。キザだ、クサい、と感じる人もいるだろうけど。近年では村上春樹の新訳も出ている。

<その他の作品>
 『大いなる眠り』(1959)創元推理文庫 双葉十三郎訳 : '90/C
   The Big Sleep(1939)
 『長いお別れ』(1958)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 清水俊二訳 : '90/CC
   The Long Good Bye(1954)

(2019.7.10記)
デイリイ,エリザベス Daly, Elizabeth (1878~1967*米)
『二巻の殺人』(1956)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 青野育次訳 : '94/C
   Murder in Volume 2(1941)
 稀覯本が絡む謎で“古書ミステリ”として期待して読んだがそれほどでもなかったような。目録の解説を読むとオカルトっぽいことが書いてあるが多分そういうものではなかった思う(よく覚えていない…)。
 アマチュア探偵ヘンリー・ガーマジのシリーズの一作だが邦訳はこれのみ…と思っていたら近年になって3冊ほど別々の出版社から翻訳が出ていた。割と人気があった人のようだが、最近何か再評価されるようなことがあったのかな?
(2019.7.12記)
ライス,クレイグ Rice, Craig (1908~1957*米)
『スイートホーム殺人事件』(1976)ハヤカワ・ミステリ文庫 長谷川修二訳 : '90/A
   Home Sweet Homicide(1944)
 子どもたちが主人公の話ではあるが、ジュブナイルではない一般向け推理小説。ロマンスの味つけもあるし、ユーモアあふれた楽しい作品。自分の家庭をモデルにしたかなと思わせる、推理小説家の母のために燐家で起きた殺人事件を解決しようとする3人の子どもたちが活躍する物語。ライスにはマローン弁護士のシリーズもあるが、これはノン・シリーズの単発作品。
 そのマローン弁護士と、ヘレンとジェーク・ジャスタスのカップルの三人組というシリーズがあるが、複数の出版社から順番はばらばらだがシリーズ最終作の12作目を除いて翻訳刊行され読めるようになった。酒好きで暗いマローンと、破天荒なヘレンと、振り回されるジェークというトリオの掛け合いがおかしかったりするのだが、1作目『マローン売り出す』はストーリーとしてはさほどおもしろいとは思わなかった。
 しかし『スイートホーム~』はなんとミステリ部門初の「A」評価をつけたほどで(我ながらちょっと驚きではあるが)、一人の作家を一つの作品で判断してはいけないんだなあという典型であった。
 男性名のペンネームだがライスは女性作家で本名はジョージアナ・アン・ランドルフ。早死でその生涯もあまり恵まれたものではなかったようだし、日本ではそれほど人気もないみたいだが、おもしろい作品を書くうまい作家なのになあと残念に思う。

<その他の作品>
 『マローン売り出す』(1987)光文社文庫 小鷹信光訳 : '89/C
   8 Faces at 3(1939)
 『大はずれ殺人事件』(1977)ハヤカワ・ミステリ文庫 小泉喜美子訳 : '94/C
   The Wrong Murder(1940)
 『大あたり殺人事件』(1956)ハヤカワ・ポケット・ミステリ 長谷川修二訳 : '94/C
   The Right Murder(1941)

(2019.7.11記)

1950年代

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