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セクスィーメジャー。言わずと知れたライオンズの顔。毎年毎年レベルアップして行く成績には文句のつけようがない。だが打撃技術が上がりすぎてしまった為、普通の打者ならとても打てないような変な球にまで手を出す傾向もある。また鍛えすぎた筋肉は、自慢の足を遅くしてしまい、以前の奇跡的な早さはもう望めなそうである。守備面では怪我防止の為か、飛ばないショートとしてあまりにも有名。追いついているのにグラブの下を抜けるタイムリーには何度も脱力させられた。02年はチャンスにも強くなり、いよいよ最後の一皮が剥けたか?と思わされたが、日シリでは久々に、つぶらな瞳がオドオドと空を彷徨うシーンが見られ、まだまだ成長途中で有ることを証明してしまった。〜2003年FA宣言〜大リーグメッツ入団(明らかに壁に激突中、小動物のようなおどおどした視線が復活。松井ファンにとってはそれも魅力か?) |
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横浜から移籍したモノの全く印象を残せず戦力外通告。つーかこの欄自体もシーズン中は空白。退団後に記されるなんてなんとも不憫な扱いである。やたら栗東さんに叩かれていた印象(笑)。水虫って細見だったっけ?〜2003年戦力外通告〜阪神入団 |
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潮崎の先発転向、橋本、デニーの放出と中継ぎ陣の高年齢化が進む中、貴重な若手セットアッパーとして完全定着。01年足の怪我をおして優勝争いの中投げ続けていたのでも解るように、何事にも動じない強いハートが魅力。登場曲が三沢のスパルタンXな事でも解るように、かなりの格闘技大好き。03年の契約更改の席で先発転向を直訴。ただでさえ中継ぎ手薄の中、果たして認められるのか?←結局1軍登板無いままトレード。中継ぎ不足の中、先発転向していなければ出番が有ったはずなのになんとも残念。〜2004年田崎、東とのトレードで横浜へ〜 |
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セ界初の1億円ルーキーで話題を呼んだが、入団した横浜では白星を挙げられず「契約金ドロボー」と呼ばれるとほほなプロスタート。だがオリックスを経て、うちで最後の炎を燃やすベテランセットアッパー。先発ノックアウト後の3イニングぐらいを任せたら絶品の投球を見せる。ちなみにオフは丸々2ヶ月グアムで過ごす南国好き。まさに独身貴族。〜2003年戦力外通告〜千葉ロッテ入団テスト受験〜ヤクルト入団テスト受験〜大阪近鉄入団テスト受験〜読売入団テスト受験〜大リーグエンゼルス傘下の3Aソルトレーク入団 |
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万年先発左腕候補。若い頃はハートの弱さを指摘されていたが、その実、外科的に心臓に問題があったことが解り手術。それ以後中継ぎなどで絶品の働きを見せるようになったが、故障がちなところは変わらないか?選手の見切りには独自のセンスが有るライオンズだが、暖かく長い目で見られている方だと思う。〜2003年戦力外通告〜千葉ロッテ入団テスト受験〜ヤクルト入団テスト受験〜大阪近鉄入団テスト受験〜横浜入団テスト受験(泣笑) |
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投手として入団も打者に転向。イースタンで首位打者を穫る等の活躍も見せたが、年齢、左打ちの外野手と言うことで、なかなかチャンスが廻ってこなかった。だが01年大友の怪我と共にプロ入り最高の成績を残し、02シーズンに繋げる。大成不在の中、右投手限定3番を健気につとめあげた。ヒーローインタビューの巧さはとてもファームで10年以上くすぶっていた選手とは思えない(笑)。〜2003年戦力外通告〜千葉ロッテ入団テスト受験〜〜大阪近鉄入団テスト受験〜福岡ダイエー入団 |
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人手不足のファームではコーチ的役割もこなす?〜2003年戦力外通告〜チームスタッフ就任 |
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オト松。ご存じ松沼兄弟の弟。真面目で変速投法の兄に対して、お調子者で本格派右腕と見事に性格が違うのだから面白い。入団時に巨人との獲得競争に大盤振る舞いで競り勝ったことが、ある意味、後のライオンズを象徴していたと言えなくもない。どうでも良い試合での、ゆるゆるな脱線解説は絶品だった。〜2003年退団〜解説者 |
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日本球界最高のサードコーチャーから監督に昇格。自ら伊東への繋ぎ監督と言っているが、3年ぐらいは指揮して貰って、その間に伊東には外の水も味わってきて欲しい(解説とかね)。1999年ライオンズを去る際に涙をにじませながら語った「ライオンズブルーの血が流れている」は名言(パクリだけど)。的確な判断力と相手の癖を盗むセンスは抜群で、他の5球団が伊原封じでルールを変えさせたのはあまりにも見苦しくて有名。冷静なように見えて実は血の気が多く、意外と口が滑るのも魅力のうちか?02年はビシバシ決まった采配が03年はことごとく外れる。名監督たるモノ、不調時にいかにチームを乗せるかが腕の見せ所なのだが・・・〜2003年勇退〜オリックス監督就任 |
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兄やん。ご存知松沼兄弟の兄。現役時代は今やほとんどいないアンダースローの投手。ロッテコーチ退団後、テレビ朝日ではオト松に代わり球種チェックを担当していたが、それも02年からはナベQに。また文化放送の解説では、どんな状況でも西武に暖かい発言で西武ファンでもこそばゆくなる程だった。ライオンズでは兄やんのヒゲ審査に合格したモノしかヒゲを生やせないと言う伝説が有る。取り敢えず椎木は不合格だったのか?ちなみにみんな兄やんのチャームポイントはヒゲだと思っているが、実際はその左右に2本ずつ入っているシワがチャームポイントなのである。〜2003年退団〜解説者 |
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はっぱ。現役時代は渋い働きの代打の切り札。渋いと言うだけあって、あんまり劇的な活躍を見た記憶が無い。そんな輩が2000年打撃コーチだったというのが、実は今でも信じられない(笑)。後に続く「背番号6」おやじ番号の元祖か?何の偶然か上では全く評価されなかった指導力が、下では突然開花!見事ファームを日本一に導いた。息子は九産大九州のキャッチャーで甲子園出場を果たす。〜2003年編成担当次長に転出 |
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現役時代はメガネで堅実巧打の外野手。おいらはあんまり印象に残ってないが、極端なクローズドスタンスとカブレラ並みにバットを担いだフォームが印象的との声有り。娘婿に近鉄岩隈(元々西武ファン)を迎え、正月も共に過ごす仲の良さ。数年後青いユニフォームを着る岩隈の姿が現実味を帯びてきた。〜2003年退団〜解説者 |
2002年分に行く |
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